きせつのうた　を　うたおう。
ふたりで。
いつまでも。
いつまでも。
キミとふたりで。
アナタとふたりで。
ずっとずっと一緒に。
手をつないで。一緒の歩幅で。
これまでも、この瞬間も、このさきも。

きせつのうた

クンっと、覚えのある薫りがして、僕は視線を向けた。
数ヶ月ぶりに訪れた並盛だが、この場所を通るたびに、毎年この時期には決まったように、甘い薫りと華やかなピンク色の花を見ることか出来る。

「わあ、恭弥さん、綺麗ですねぇ・・・えと、こちらの花は、梅ですか？桃ですか？」
「桃だよ」
僕の隣を歩いていた彼女が首を伸ばして桃を見つめていたが、今度は僕を目を丸くして見つめて
「へぇ、桃なのですか？よく見分けがつきますね！恭弥さんはフラワー博士です！」
「・・・なにそれ。・・・それに毎年、毎回、君と同じような会話をしている気がするんだけど、君って」

ヒバードちゃん、桃の花、だそうですよ、綺麗ですねぇ

「君って、学習能力がないよね」と続けた僕の言葉を無視して、ハルはハルの肩に乗っている彼女がヒバードと名付けた黄色い鳥に話しかけながら、花に顔を近付けた。
「ふふ、良い薫りです」
まるで、サラサラと音が鳴るのが聞こえてきそうな彼女の肩までの黒髪に、桃の小さな花が飾りのように映えた。
桃の中で、微笑む、黒髪の女。
美しかった。

去年も彼女とこんなやり取りをして、彼女のこんな情景を見て、そんな風に思ったことを僕は思い出す。

１０年前も・・・目を奪われた。

・・・ことも。

「ん？どうされました、恭弥さん？」
僕の視線に気付いたのか、彼女が顔をあげる。
「・・・君と１０年も一緒にいるなんて・・・」
僕は視線をさげた。
「そうなのですよ！めぐりめぐって、いつの間にか恭弥さんと一緒にいて、１０年になるのですよ。すごいです！」
これからも、ずっとずっと一緒です！と、ぱあっと表情を明るくして嬉々として話すハルに僕はため息混じりに言葉を吐いた。

「・・・信じられない。」
「はひっ？恭弥さんっ！ひどい・・・もうっ、ハルは、極限にプンスカですっ！」
「・・・・・・・・・何ソレ」
「はひ？」
「極限、なんとかって、・・・何語？」

ハルは「ああ、」と思い出したように
「了平さん用語ですよ、極限ーっ！って。極限にプンスカしていることです」

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・君、・・・並盛ボクシング部、主将だった男と会ったりしてるの？・・・」
「はひ？最近は会っていませんよ、了平さんとは、去年の秋に、みんなで会ったときに会ったきりですよ。
恭弥さん、行きましょう、って毎回お誘いしていますけど、いつも行かないじゃないですか、もうっ極限、プンスカですよ」

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・ふふっ」
「・・・なに？」
「恭弥さんってば、可愛いですね」

ハルは、僕を見ながら、悪戯っぽく笑う。
「花ちゃんから聞いたのですよ。了平さんが極限プンスカ、とか言うって・・・」

笑っちゃうでしょ？ハル。
了平ってば、私とケンカしたとき、そんな言葉、使うの。
もう、笑って怒る気も失せちゃうの。

「・・・なんですって」
「・・・ふぅん、僕には関係ないね」
「そうですか」
ハルはくすくす笑う。まるで、僕の心なんてお見通しのように。

僕はばつが悪くなって桃の前で止めていた足を再び動かしだした。
「あっ、恭弥さん、待ってください〜」
１０年前とトーンの変わらないハルの声が僕の背中から聞こえてきた。

その角を曲がって、その場所が見えてきて、クンっと甘い薫りがして、私は見逃さないように私の視線を彼に合わす。
美しい桃の花に向けられる彼のオニキス色の瞳が弧を描く。
一瞬、刹那の、やわらかい表情。
１０年前から変わらない。
私だけが知っている彼の素顔。

例えば、パズルがひとつひとつ、決められた位置でないと、ぴったりと当てはまらないように。
ボタンを、きちんと決まった穴に入れないと、掛け違えて合わなくなってしまうように。

その出来事は、私と彼のその日１日のひとつひとつの生活の全ての動きが、ちょうどタイミング良く、上手に当てはまって出来た、ひとつでもちょっとでもズレちゃうと、成立しない、そんな出来事だったと、私は今でも思う。

私は雲雀さんのことは知っていたけれど、ただそれだけで。
いつも大抵、ムスッとしたような怒った顔をしている、澄ました顔をしている、何を思っているのか分からないひと。
ただ、綺麗なひと、だな。
雲雀さんは、そんな印象だけのひとだった。

だから、私がたまたまあの場所で、雲雀さんに会わなかったら、それに加えてあの出来事がなかったら、私と雲雀さんの間には、ずっと、ずっと何も生まれなかったのでは？とか、思うのだ。

あの日、あの時、あの場所に私は出くわして。
ひとり立っていた彼。
桃の薫りが香っていた。
向けられた視線の先。
彼のオニキス色の瞳が弧を描いた。

一瞬の、刹那の合間だった。

すぐに彼の表情は、いつもの澄ましている表情に戻ったから。

その時の気持ちを何と言っていいのか分からない。
ふいに、思いもかけず、彼の秘密にふれた気がした。
気が付いたら、私の足は彼の方に進んでいた。

まるで吸い込まれるように。

それが始まりだった。

「綺麗、ですね、・・・えと、梅の花ですか？」
「・・・桃だよ」

END(2010.2.7)