その部屋の主が群れるハイエナ共にトンファーを食らわせて、息も凍るような冷気をその身に携えて、重厚なドアを開けたとき、目に入ったものを肯定する気になれなくて、そのままバタンとしめて歩きだそうとしたら、案の定すぐにそのドアが開く音がして、腕をつかまれた。


「・・・放してくれない？」
自分の腕に触れられた小さな手を振り払いはしなかったものの、声音を低くして、眉間に思いっきりシワを寄せて、ただでさえ鋭い切れ長の瞳をさらに吊り上げる勢いで睨み付けても、彼女はニッコリと笑った表情を変えることはなく、さらに彼の腕をぐいっと引っ張って、彼女の両胸の前で抱え込むように彼の右腕を固定してしまうと、そのまま歩きだした。

「ちょっ、君！」
「ダメ、ですよ。ヒバリさん。今日こそは逃がさないですよー」
やわらかいものが彼の右腕に触れているというのに、ハルは気づく様子もなく彼女の両腕でガッチリと掴みこんだ雲雀の腕をそのままぐいぐい引っ張って、自分の足を前に進ませた。

ぱたぱたぱた・・・
乾いた廊下に足音がひびく。

「・・・って、ちっとも前に進んでないじゃ、ないですか！ヒバリさん、ちゃんと歩いてください！」
まるでコントのように、一人だけ足をパタパタさせていたハルが雲雀に抗議する。

「・・・嫌だよ。だって動いたら、応接室に引っ張りこんじゃうでしょ」
「はひ？もう、何が嫌なんですか？応接室はヒバリさんのお部屋じゃないですか？」
「・・・君がいる・・・」
「はひ？」

ぼそりとつぶやいた低い声に、ハルは聞こえない、というように雲雀の顔に自分の耳を近づけさせた。
必然的に近づく彼女の大きな瞳、胸元、吐息。

「―っ！だからっ、君はっ！」
「はひ？ですから、なんですか？もう一度、言って下さい」
ますます身体ごと近付けてくるハルの両肩を雲雀は掴むと、ぐいっとハルの体を乱暴に押し返した。
「はひっ！」
「三浦、君は・・・とにかく、もう、僕には近寄らないで」

雲雀はそのままクルリと方向転換すると、窓をガラリと開けてそのまま真下へ・・・。
「ヒバリさん！」
彼女が慌てて駆け寄って、窓の下を見たときには、すでに彼の姿はなく・・・。

「はひぃ・・・また、逃げられちゃいましたぁ」
ハルは、ガッカリと肩を下ろす。
最近、いつも、こうだ。
最近の雲雀は自分とゆっくり会ってくれない。

「ハルは、ただヒバリさんとゆっくりお話がしたいだけなのに・・・どうして逃げちゃうのでしょうか・・・ハル、何かヒバリさんに嫌なことしちゃいましたでしょうか・・・」
しょんぼりとうつむくハルの顔。
ヒバリに嫌なこと、当てはまること多数・・・でも。 それでも。
次の瞬間、顔をあげたハルの顔に迷いはない。
「ネバーギブアップです！！嫌なことしちゃったのなら、謝らなきゃいけないですし、ハルやっぱりヒバリさんとお話したいですっ！」

キッと目を向けて、片手を腰に当てて、指差すは雲雀が消えて行った窓の彼方。
「次こそは、絶対に逃がしませんからね！」
彼女は高らかにそう宣言してニッコリと笑った。

まったくもって、何も彼女は分かっていない。
だから、嫌、なんだ。

雲雀はザクザク当てもなく前へ進ませていた足を立ち止まらせると、片手でグシャ、グシャ、グシャと彼の髪を無茶苦茶にかき上げた。

なにしろ、彼女は無防備すぎる、から。

嫌、なんだ。

二人きりになるのは。

いつからか、雲雀の胸に忍び込んできた感情。
ずっと認めたくなくて、でも認めざるを得ない感情から。

逃げ出したくて。

とにかく逃げ出したくて。



ああ・・・目に見えぬ神様に試されているのは。



僕の理性。

END(2013.4.8)