「恭弥さん、もうそろそろ、起きましょうよ・・・」
ハルは、となりで寝ている青年に声をかけた。
「恭弥さん」
「・・・・・・・・」
「恭弥さん」
「・・・・・・・・」
返事がない。
どうやら、ハルの提案を無視して、まだ眠る方向にいくことにしたようだ。
「もうっ・・・ハルは起きますからね」
ハルは、そこらあたりに散らばっている服をとろうと、ソロソロと布団から出ようとした。
「・・・だめだよ」
腕を掴まれる。
「まだ、起きたら、駄目だよ・・・」
顔を枕にうつぶせたまま、雲雀はハルの腕をにぎって、ハルの行動を制止した。
温かい彼の手のぬくもりを感じて、ハルはその誘惑に負けそうになったが、ブルブルと頭を横に振った。
「・・・さっきもそう言って、ハルをお布団の中に引きずり込んで・・・。
もう駄目です。このまま寝ていたら、夜になっちゃいます。ハルは起きますよ」
「だって・・・寒い」
「今日は雪が降るそうですよ。３月といっても、まだ春には、もうちょっと、かかりますね。」
ハルはゆっくりと雲雀の手を自分の腕から離させると、雲雀の腕は空中から、ばふんっとハルの枕のうえに落ちた。
それを無視して、ハルは当初の予定通り、服をかき集め始めた。
パキ、ピキ、パキ・・・。
窓の外から、最後の冬枯れの音が聞こえる。
雲雀は目を閉じたまま、耳にはいってくる音を何とは無しに聞いていた。
昨日、イタリアから帰ってきたばかりなのだから、そのうえ、昨日はハルを心おもむくままに抱き続けたのだから、
自分の眠りがなかなか覚めないのは仕方がないと思う。
むしろ、彼女のほうが元気すぎるのだ。
・・・・・・あんなに、したのに。
昨日、ハルを急くように部屋に連れて行って、そのまま、貪るように彼女の甘い身体を味わった。
久々に会ったハルは、ますます綺麗になった気がした。
「会えない日々が続くと、想いを募らせすぎて、恋する少女は、どんどんやつれていくものですから、早く帰ってきて
くださいね」
「君、いつまで少女のつもりなの？」
「はひー！女の子はいつまでも永遠の乙女でいられるものなんですっ！」
雲雀がイタリアへ旅立つ直前に、交わされたやりとりが頭をよぎる。
小気味よい返答をする彼女の目には、涙がにじんでいた。
「仕事だから、今回は一緒に行けない」
そう言ったら、彼女は駄々をこねるわけでもなく、「分かりました」とうなずいていた。
10年前から、マフィアの妻になるために、といい続けていただけあって、身につけた耐性が役に立っているのかも
しれない。
見送るときは、彼女なりに笑顔で見送るように、って決めているんだろう。
いつも雲雀に気がつかれないように、こっそりとすばやく涙を手で拭きとる彼女を、
いつもうっすらと涙を浮かべて、それでも懸命に微笑んでいる彼女を。
決して、声に出して言うことはないけれど、
そんな彼女を心から愛しい、と思う。
そう思える自分の変化について、10年前よりは素直に受け入れられる。
自分にも耐性がついたのだろう。
淡いピンク色と小さな白色の欠片と、灰色の雲が雲雀の目の中に入ってくるけれど、彼女の黒い髪が肩の上でサラサラと流れている、小さな、か細い後姿を、それだけを、彼はじっと見続けていた。
「冷えるよ」
ふと、耳元で声がして、ふんわりとハルは後ろから大きな身体に包み込まれた。
「・・・ほら、こんなに冷たくなってる」
雲雀の手が、ハルの両頬をそっと包み込む。
ハルは目を細めて、雲雀の手にそっと自分の手を重ねた。
雲雀の長くて、きれいな指のかたちが好きだった。
雲雀の温かくて、自分をつつんでくれる大きな手が大好きで、冷えた頬にじんわりと浸透してくる熱に胸がきゅうとなる。
・・・幸せです・・・
心に想う、そのひとこと。
大好きなひとと、一緒にいられる。
それを、幸せという以外になんていうのだろう。
出会えたこと、心通じ合えたこと、一緒にいてくれること、彼女は感謝する。
その反面、その時折、感じる黒いなにかをハルは心の隅においている。
以前、一度だけ、京子ちゃんに告白されたことがあった。
あれは、赤や黄色の色づく葉っぱが、空から落ちてくる季節だったと思う。
ツナさんとヒバリさん、獄寺さん、山本さん、了平さん、ランボちゃん、ツナさんのファミリーがイタリアに行っていたとき。
女の子ふたりで、葉っぱの道を歩いた。
「綺麗ですね」と言ったら、京子ちゃんも「綺麗だね」と言って。
カサカサ二人で歩いて、その歩みが止まったとき。
「ハルちゃん、あのね」
ハラハラ落ちてくる、葉っぱが。
「わたしね、ツっくんが死んだら、私も死ぬと思う」
「そんなこと、ハルが許しません！それだけは絶対に駄目です！」
空に浮かぶ色とりどりの葉っぱは綺麗だったのに。
秋空の薄くのびた白い雲はどこまでも美しくのびていたのに。
胸の中に入ってくる空気は、熱すぎず冷たすぎず、やさしかったのに。
二人とも、泣いてた。
何をハルが許せて、何をハルが許せないというのだろう。
何をよくて、何を駄目だって、ハルがいうのだろう。
ハルだって、恭弥さんを失えば、死んでしまうと思うのに。
ハルは瞳を伏せた。
「・・・恭弥さん、好きですよ」
「しってる」
「ハル、恭弥さん、大好きです。大好き・・・！」
くるりと、ハルはその身体を方向転換させると、雲雀の首に自分の腕をまわして、ぎゅうっと抱きしめた。
反動で雲雀の身体が床の上にとんっ、と触れる。
「ハル」
トクン、トクンと彼の生きている証を感じる。
幸せなのに、不安になる。
温かいのに、寂しくなる。
嬉しいのに、泣きたくなる。
どうして、こんなに、自分は贅沢なんだろう。
ぎゅうっとしがみつく愛しい彼女の頭を、そっとなでて雲雀はハルに唇をよせる。
「・・・大丈夫だから」
耳に聞こえる大好きな彼の声にハルは、うなずいた。
大好きなひと。
大好きなひと。
どうか、ずっと一緒に。
ずっと一緒に。
いつか貴方が召されるとき、ついていくことを拒否しないで。
END