「-------っ!」
ぱちっと目を開いて、ハルの目は白い天井をうつした。
汗をじわりとかいているのを感じる。
体がいやに重く、頭もはっきりしない。
瞳にうつる白色がやけにまぶしく、不快だった。
夢を見た。
どんな夢か覚えていない。
でも、嫌な夢だったことは確かだ。
なんだろう。
圧迫感を覚える夢。
絶対的な何かから、絶対的な力で押しつぶされるような、息苦しく、どうしようも逃れることが出来ない、強力な支配感が、ハルを襲ったような気がする。
内容は思い出せない。
ただ、そんな印象。
目覚めは最悪だ。
体を起こすと、すぐに窓がある。
ハルが寝ていたベッドは、窓のすぐ傍にあるが、風がその窓から入ることは少ない。
ハルが白蘭から与えられた一室は、地上にはあるものの、窓はひとつしかなく、風の通りは悪かったからだ。
冷暖房施設はしっかり整っているので、ふだんならクーラーでも入れるところなのだが、ベッドでゴロリとなっているうちに、そのまま意識をなくしてしまっていたようだった。
窓の外を覗き込むと、むわっと独特の匂いがハルの鼻腔をついた。
雨が降ったらしい。
にわか雨だったのか、現在は降っていない。
空は灰色をたたえたままでいるものの、雲の間を所々つきやぶって淡いピンク色の光線が地上を目指してさしていた。
空気は生暖かく、粘りつくようにハルの肌にまとわりつく。
気持ち悪い空気だった。
ハルは、部屋の中央に飾られている白バラに目をうつす。
大輪の白バラは、今日もいけられていた。
あの日のことを思い出すから、ハルはその白バラを何度も、何度もゴミ箱に捨てた。
だが、捨てた次の日、レオと呼ばれた少年が白バラを抱えてやってきては、また飾っていく。
そのたびに捨てていたら、ゴミ箱に捨てたその日のうちに、またレオが白バラを抱えてやってきた。
「すみません・・・白蘭さまのご命令ですので」
「はひ・・・」
レオが出て行ったあと、すぐさま捨てる。
そうすると、１時間後に
「すみません・・・白蘭さまのご命令ですので」
と、また白バラを抱えてレオがやってくる。
その繰り返しが何度か行われ、ハルは諦めた。
バラには罪はないのだ。
そう言い聞かせて。
そう、バラには・・・。
コンコン。
ドアを軽く叩く音がして、誰かが来たことがわかる。
この部屋を訪れるのは、今のところ、レオか白蘭しかいない。
その白蘭も、あの日以来、会っていない。
出来れば、もう二度と会いたくはない。
いつもの通り、レオだろう。
レオは親切にしてくれる。
余計なことは言わないが、ハルに気を使ってくれているのは十分わかって、ハルもレオには少なからず、心を開いていた。
「はぁい」
ハルは、答える。
しゃっと、開かれたドアから出てきたのは・・・
「・・・！」
「あ、なんか傷ついたよ。僕」
ハルが思いっきり壁際に逃げていって、そんな姿を見て、白蘭はクスリと微笑む。
「今日はハルちゃんに、素敵なお話をしてあげようと思ってね」
「・・・・・・」
「君の愛しのボンゴレ１０代目のことだよ」
「え・・・ツナさん」
ハルは少し身を乗り出した。愛しいツナのことになると、怖さよりも興味のほうがどうしても勝ってしまう。
「聞きたかったら、こちらにおいで、ハルちゃん」
「・・・嫌です」
「来ないと、教えてあげないよ」
「・・・・・・」
「聞きたいんでしょ。愛しのツナ、さん、のこと」
「・・・・・・」
ハルは下をむいて、迷っていたようだったが、白蘭のところへゆっくりと進んでいく。
自分の真下に来たハルを見て、白蘭は嬉しそうにハルに腕をまわす。
「はひっ！」
そのまま白蘭は彼の美しい顔をハルの肩の上に、ことんと置く。
「僕は少しお疲れなんだ。このままでいさせてよ」
「ツナさんのことは・・・」
「あー・・・・・・教えてほしいかな」
「教えてほしいです」
「ほんとうに、聞きたいの。どんな真実でも聞き入れられる？」
「え？」
「それがどんなに残酷なことでもかな。目をそむけず、耳をふさがず、心をとじず、・・・受け入れられるかな。」
「・・・はい」
「そっか」
白蘭は、ハルの耳をかむ。
「ひゃっ！なにするっ」
「１０年後のボンゴレはね、僕が射殺したんだ」
「え・・・？」
「そう、一撃でね。バーンとね」
「だから愛しい君のツナさんはさ、１０年後には死んじゃって、いないんだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ハルちゃん？」
ガクリと膝が折れて、体が床に落ちていくハルの腕を百蘭は支えて、立たせる。
「ほら、ちゃんと立って・・・」
しかし、ハルは足に力が入らない。
「ひどい・・・！」
それだけをやっとのことで白い床を見つめながら、つぶやく。
「そうかな」
白蘭の楽しそうな声にハルはカッと怒りが湧き上がってきて、目の前の男をキッとにらむ。
「そうです！そんな殺すだなんて」
「そうかな、これは戦争と同じだよ。敵を殺して、領地をうばって、富を得る。目的達成の手段なら選ぶことはない。」
「ひどいです！ひどいっ！」
「褒め言葉、としてもらっておくよ。ハルちゃん。それよりも」
ふわっとハルを抱き上げる。
「君のことを心配したら・・・？」
ハルの体は白いベッドの中に沈みこみ、その上から白蘭が覆いかぶさってくる。
「あ、嫌っ、嫌ですっ。嫌っ！」
「今度は邪魔も入らない。邪魔者は屠っちゃったから」
「嫌っ、ツナさん、ツナさんっ」
「ふふふ、ハル、可愛いね」
大きな白い手が抵抗するハルの両手を絡めて、動きを取れなくする。
守りなれていない体は、簡単に白蘭の体を割り込ませることを許してしまい、ハルの両足が左右に大きく広げられた。
「いやぁっ！」
「白蘭さま」
ふいに自分の着ている制服から、冷静な女性の声が聞こえて、白蘭は涙をポロポロと流し震えるハルを面白そうにクスクスと笑いながら、片手でブラウスのボタンを胸元まではずすと「なに？」と聞く。
「入江さまが至急、白蘭さまにお会いしたいと」
「急ぎ？」
「そのようです」
「・・・・・・ふぅ・・・こんどは正ちゃんか。わかったよ」
ハルの胸元におかれた自分自身の手を見つめながら、一呼吸を置いて、ハルからゆっくり離れていった。
「また、来るね、ハルちゃん」
にっこりと薄紫色の瞳を細めてハルを一瞥すると、彼の足音は遠ざかっていった。
嘘です、嘘です、嘘です・・・。
乱された衣服を直すこともせず、ハルはぎゅっと体だけを縮こませて、頭のなかにひびく白蘭の声に、否定の言葉しか思い浮かばなかった。