その部屋はむせ返るような白い花の匂いに包まれている。
いたるところに飾られた大輪の白バラは、目を焼くような白さで、その甘く、脳内をつく匂いは、徐々に自分の思考を侵食していくような気がした。
ただ、軽く押すとチョコンとへこむ、その白く、口に含むと甘くとろけるだろう、柔らかな物体が、その男の薄い唇に吸い込まれていく、彼の見た目とその動作の違和感を何度も、何度も見ているうちに、ハルの心の中に少し、余裕がうまれた。
恐怖でふるえて泣いていた心は少し落ち着いた。
もしかして、部屋の中を囲むように飾られている白バラの、あのむせかえるように匂う甘い香りに、心と頭が麻痺していったせいなのかもしれない。
彼は、白蘭と名乗って、ツナたちの敵である、と自分を紹介した。
「どうして、ハルを・・・」
「僕は、10年後の君に出会ったことがあってね。そのときも君を連れ去ろうとしたのだけど、ある男の邪魔が入ってね」
「ある男・・・もしかして、ツナさん？」
ハルは、心躍らせて聞いてみた。もしかして、10年後も一緒にいられるのだろうか。
「ぶー。残念。え？今の君の心の中にいるのは、ボンゴレ10代目なの？ははっ、そりゃあ、雲の守護者もかわいそうなことで」
「・・・雲の守護者・・・？」
「ふふ。そんなことも君はまだ、知らないんだね。かわいそうにね。彼・・・」
「彼って、誰ですか？雲の守護者って？」
「ふふふ。内緒。もう、君には二度と関係のないことなのだから」
「！」
つぅっと長い指から唇をなぞられて、ハルは反射的にのけぞった。
握っていた手がハルの目の前でパッとひろげられると、白バラの花びらがヒラヒラと舞い落ちた。
「君の純潔」
彼はそう言って、美しく笑った。
まるで、それが始まりの合図かのように、薄紫色の瞳が近づいてくる。
首にからまってくる、その白い長い指を、どうしても払いのけることができない。
「まるで、蛇に睨まれたカエルだね」
美しいのに、見るもの全てを凍えさすようなその笑みは、一体どこからくるのだろう。
ギシッと白いソファがなった。
コンコン
「はーい」
カチャとドアが開いて、誰かが入ってくる音がした。また、ギシッと音がなって、身体が離れていったから、仰向けになったハルからは、天井が見えた。それは白色だった。
知らず知らず、見開いた瞳から零れ落ちてきたものを、ハルはぬぐうことができなかった。
カチカチカチと歯がなる。
「レオ君、なに？」
「いえ、この書類を見てもらおうと思って」
「急ぎ？」
「はい。」
「じゃあ、見ようね」
レオと呼ばれた少年は、ソファの上で動けないハルを横目に見て、またふいっと白蘭に目線を戻すと、書類を渡した。
「・・・かわいいでしょ」
「は？」
「か・の・じょ」
「あ、そ、そうですね・・・か、かわいいですね」
しどろもどろに答えるレオに白蘭はクスッと笑って、書類から瞳だけ彼に向けると、「あげないからね」そう不敵に微笑んだ。