なんとなく、わかっていた。
目をつぶって、耳をふさいで、心に蓋をして、気がつかない振りをしていたけれど。
とうとう、気づかされてしまった。
ツナさんと京子ちゃんが、夕日の中で、キスをしていた。
並盛高校の屋上。
ツナたちは、並盛中学からそのまま、並盛高校へ進学し、ハルは、緑中学からそのまま緑高校へ進学した。
本当は、ツナたちがいる高校へ一緒に行きたかったけれど、ハルが通っている緑中学は、名門で、
高校にもそのまま進学して欲しいという、両親のたっての願いを無下にはできず。
ご近所さんだから、今までどおり、すぐに会えるから。
ツナは、泣いているハルに、やさしくそう言ってくれたっけ・・・。
思い出すと、また涙がポロポロこぼれてきて、うずくまってしまった。
沈みゆく夕日が、その光が地上の線ぎりぎりで赤黄色に光っている。
ツナさん、ツナさん・・・。
京子ちゃん。
ツナさん、ツナさん・・・。
京子ちゃん。
なんとなく、わかっていた。
ツナは、ハルにやさしくしてくれて、ハルの話に耳を傾けてくれて、一緒に笑ってくれて。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。
でも。
その視線の先には、誰が映っていたのか。
ずっと見てきたから、わかる。
でも。
いつか、振り向いてくれるかもしれない。
ツナがいつか、ハルのためだけに、笑いかけてくれる日がくるかもしれない。
信じてみたけれど。
精一杯、頑張ってみたけれど。
でも。
こんな日がくること。
ツナさんの中に、ハルはいないこと。
わかっていたよ。
この気持ちに終止符をうたないといけない日がくること。
知っていたよ。
だって、京子ちゃんのことも、ツナさんのことも、大好きだから。
ばさっ、と耳元で羽音が聞こえて、右肩に軽い重みを感じた。
？
「・・・はひ？・・・ヒバードちゃん・・・」
その小さな黄色の小鳥はハルの上で、かわいらしく小首をかしげた。
と、同時に気配を感じて、ハルは振り返った。
夕日はすでに完全に沈んでしまって、ハルがうずくまっている川原は薄墨色。
だけど、その人は把握できた。
ヒバードの所有者。
「・・・ヒバリさん・・・」
「・・・三浦・・・」
ヒバードが「ハル」と続けて鳴いた。
ハルは、緊張していた。
ただでさえ、泣き顔を見られて、気まずいのに。
いや、暗かったから、わからなかったかもしれない。
でも、はやく、一人になって、大声で泣きたい気分なのに。
ハルは雲雀と一緒に歩いている。
本当は、あのあと、挨拶だけして、速攻走り帰るつもりだったのに、何故かヒバードが肩から離れなくて、
家に連れて帰るわけにはいかないし、とりあえず、雲雀と一緒に歩くことにしていた。
沈黙は、いいのやら、悪いのやら、わからないけれど。
「・・・ねぇ」
「・・・・・・」
「ねぇ」
「・・・・・・」
「三浦！」
「はひっ！・・・はい。なんですか？ヒバリさん」
無言のハルに、彼はちょっとため息をついた。
「タイクツ」
「はひ？」
「何か、話してよ」
「・・・・・・」
ハルは、少しうつむいて、話題を探してみたけれど。
でも、さっき見た情景やツナや京子のことが、頭から離れない。
それと同時に、楽しかった中学時代が頭に浮かんで、また涙がにじんでくる。
あのころは、楽しかった。
何も自分は知らないで、笑っていられた。はしゃいでいられた。
大好きなツナを想うだけで、一緒にいられるだけで、毎日が、いっぱいに輝いて。
たくさん笑って、たくさんドキドキした。
いつから、気づいてしまったのだろう。
大人になるって、そういうこと？
そうだったら、大人になんか、なりたくなかったのに。
立ち止まったハルを、雲雀はけげんそうに見下ろす。
「・・・三浦？」
「・・・・・・ねぇ・・・ヒバリさん。どおして、時間は経っていってしまうのですか。
どおして、人は大人にならないといけないんでしょう。
ずっと、ずっと、子供のままでいられたら、良かったのに。」
ずっと、子供のままでいられたなら、あの無邪気な子供のままでいられたなら、
何も気づかず、笑っていられたままだったなら。
おとぎ話のような甘い時間は、残酷にも過ぎ去って、彼女を現実世界に連れ去ってしまった。
あのまま、時がとまってくれたら、良かったのに。
楽しい時間の中だけで生きられたら、良かったのに。
そうすれば、こんな思いもしなくて、すんだのに・・・。
長い沈黙のあと、雲雀は口をひらいた。
「・・・三浦は、ネバーランドが好きなのかい？
僕なら、そんな世界、お断りだけど。何も変わらないなんて、ゾッとする」
完全否定。
一瞬、ヒバリさんらしい、と思った。
と、同時に、顔が赤くなる。
自分は雲雀相手に何を言っているんだろう。
何を言ってもらいたいのだろう。
ううん。なんか、よく解らない。
ハルは、その場から走り出してしまいたかった。
頭の中は、ぐちゃぐちゃで。
ヒバードは肩の上。
今日は、ヒバードちゃんをハルの家でお泊りさせますから・・・。
もう、そう言ってしまって逃げてしまおう、そう思って雲雀へ顔を向けたら、彼に唇を指で制止された。
「・・・何があったか、知らないけれど。・・・・・・いつもの君らしくないね」
雲雀は、ハルの頬へ手をやる。
冷たく、冷やりとした手が、ハルの涙のあとをたどる。
「ひゃっ。ひ・・・ヒバリさん？？？」
雲雀の思いもかけない行動に、ハルは、目を見開く。
「三浦、時間は残酷かもしれないけれど、だけど、君にとっては必要だと思う」
雲雀はハルの腕をつかむと、そっと、ハルを抱き寄せた。
ヒバードが、空へと羽ばたく。
「はやく、忘れてしまえたら、いいのに」
ぼそりと聞こえる声。
何を言っているのか、何を指しているのか、ハルには分からなかった。
というより、なぜ、あの雲雀が、自分を抱き寄せているのか、分からなかった。
目をしろくろさせる。
心臓がドクドクいっている。
全身が、熱くなる。
でも。
でも、頭の上から落ちてくる声は、優しくて。
自分を包んでいる腕は温かくて。
ふいにまた、涙がポロポロこぼれて。
「っ・・・やさしく、しないで、ください・・・。ハルは、泣いてしまいます・・・」
「泣けば？そのくらいの場所は、作ってあげるよ」
そう言って、また優しく抱きしめられたから。
とうとう、ハルの涙は止まらなくなってしまった。
「・・・ツナさんっ。ツナさん」
ポロポロポロポロ、止まらない涙。
大好きだったのに。
もう、届かない。
三浦ハルの心の中から、沢田綱吉が消えてしまったらいい。
４年越しの想いが、そう簡単に消えてしまうとは、思いにくいけれど。
それでも、雪が春になると溶けるように、彼女の中の想いも溶けてしまったらいい。
けたたましい少女。クルクル表情が変わる少女。
ハルがツナを見ているように。
雲雀もまた、ハルを見ていた。
観察気分で見ていたのだけど、いつの間にか、目が放せなくなっていた。
だけど、いつも観察するだけ。
自分から歩みよるなんて、そんな行動、考えもつかなかったし、する気もなかった。
・・・どうせ、いつか解る日がくるだろうから。
雲雀にとって、時間の経過は大切だ。
彼女のＸデーが、きたのだから。
景色は、薄墨色から、すでに闇色に移行している。
雲雀は、ハルが泣き止むまで、言葉通り、一緒にいた。
ずっと、抱きしめて、離さなかった。
「・・・・・・ばりさん。」
「ん？」
「ヒバリさん。ありがとうございます・・・・・・」
「うん・・・。・・・歩ける？」
「はい。大丈夫です」
ハルの家まで送ってくれた雲雀に改めてお礼と、今は、雲雀の肩の上にいるヒバードにお別れを言った
あと、ハルは自分のベッドに寝転んだ。
思いっきり泣いたためか、気持ちはだいぶん落ち着いている。
まだ、雲雀の暖かさが、回された背中や胸にあたった頬に、手のひらに、残っているような気がする。
それが何だか、ただ一つの光のように思った。
その光を頼りに、明日は、笑えそうな気がした。
すぐには無理かもしれないけれど、二人のことを応援できる日がくるかもしれない、と思った。
数ヵ月後。
並盛高校の風紀委員室。
長かった髪を肩まで切って、その帰り、彼女はやってきた。
ドアをこんこんと叩いて開けると、そこの主は書類に目を通している最中で、上目遣いだけで彼女を見た。
「よく・・・・・・似合ってる」
彼がいうと、彼女は、花が咲いたように笑った。
「だから、この髪型は、ハルのお気に入りの、大好きな髪型なんです〜。」
陽気な声が聞こえる。ハルは、酒瓶を手に持ちながら、綱吉に語りかけている。
あれから、何年。
もう、何度も聞いた話だと、ツナは思う。
酔っ払いのハルをツナに任せて、雲雀は、ヒバードを手のひらにのせて遊んでいる。
群れるのが嫌いな雲雀だが、定期的にあるボンゴレファミリーの会議には、よく出席しているほうだ。
リボーンがいつも、ツナを餌にするから、彼はやってくるのだが、だいたい、戦いが起こることはない。
会議のあとの、決まったような飲み会も、ハルを連れて帰るために、ずっと待っている。
元気そうで良かった。
ツナは、ハルを見ながら思う。
もう、何年もなるのに、あの雲雀とハルが付き合っているとは、いまだ信じられないのだが、
ハルはいつも幸せそうに、雲雀とのことを話し、そんなハルの横には、いつも雲雀がぴったりといるから、
そうなんだろうな、と漠然に思ったりする。
今回の話も何回、聞いたかわからない。
だから、現在の彼女の髪型も、肩に届くか届かないくらいの長さだ。
その話には、補足がある。
ハルが綱吉に聞かせる話を聞くたびに雲雀は思う。
その１．
ハルが沢田綱吉にその話をするとき、
「ちょっとお腹が痛くて、うずくまっていたんです」と、話は始まる。
そもそも「泣いていたこと」自体、言わないから、彼女が話す話は本来の筋と
だいぶん、違う。
その２．
ハルが、すぐに髪を切らなかったのは、沢田綱吉と笹川京子に気を使ったためだし。
その３．
ここが肝心。
ヒバードがハルの肩から離れなかったのは、僕自身がそう、命じたためだ。
もし、彼女のＸデーがきたのなら、欲しいものを手に入れるために、動かないとね。
欲しいものは、手に入れる。
そのための努力は惜しまないつもり。
三浦ハルに関しては。
過去も。今も。未来も。
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10年後も2人は、ずっと一緒だったら良いな、と思いました。
彼女が髪を切ったのが、ツナのためだったとしても、ヒバリが気に入ってくれたので、
(と、彼女は思っている。ヒバリにしてみたら、どんなハルの髪型でも良いので)今の髪型をしてる、という感じで。
一番、最初に書いたヒバハル小説で、試行錯誤しました。
いえ、いつも試行錯誤なんですが・・・。