空がオレンジ色に染まっていく頃。
雲雀は、並盛中学校の屋上、設置された給水タンクの上で、ゴロリと転がって、目を瞑っていた。
時刻は夕方４時過ぎごろ、さすがに冬の気配が訪れて、だいぶん陽が落ちるのが早くなってきた気がする。
それでも、日中が暖かかったせいか、風は心地よく、雲雀は体を起こすことはない。
悠然と流れる赤紫色にそまっていく雲の流れをときどき、目を開いては眺めながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。
カンカンカン。
下から靴音と金属音が重なる音がする。
誰かが、ハシゴを上ってきているようだった。
それでも、雲雀は体を起こさない。
カンカンカン・・・ズルッ。
規則正しく鳴っていた靴音と金属音がずれる音がして、一緒に「はひー！！！」と、けたたましい叫び声が聞こえてきたとき、一瞬、雲雀は体を起こした・・・が、自分から見え隠れしていた黒い頭がはっきり見えてきて、また、すぐ様、ゴロリと横になった。
「よいしょ・・・っと」
黒いポニーテールを左右に振りながら、緑中の制服を着た少女が雲雀を見つめる。
「えへへ、見つけましたよ。ヒバリさん」
ハルは、にこーっと笑いながら、雲雀の傍に這いながらやってきた。
「ここ、案外、高いですね」
雲雀は、相変わらずの姿勢で、目を瞑っている。
「ヒバリさん」
「ヒバリさーん」
ハルの存在を無視して、一向に目を開けてくれない雲雀の頬に、彼女はソロっと手を近づけて、彼の頬をそっと触ろうとしたとき、雲雀の手がハルの手を掴んだ。
「なに、するの？」
「あ、やっと目を開けてくれました」
ハルは、ニコニコしている。
「だって、なかなか目を開けてくれないから、寝てるのかなー、どうなのかなーって思って」
「寝てたんだよ。君が来るまではね、気持ちよく」
眉間にしわを寄せて、ジロリと睨みながら言う。
そのあたりの女子なら、ひぃぃ！と声を裏返して、その場から逃げ出すだろう。
だけど、この少女は、そんな雲雀の様にも動じない。
「確かに、気持ち良さそうですねー」
そう言いながら、雲雀の隣でゴロリと横になった。
「はひ・・・空が近いです」
彼女は、しばらくの間、黙っていたが、
「今日は、ツナさんに会いに来たのですが・・・」
と口を開きだした。
「どうやら、入れ違いになったようでして」
「でも、せっかく来たのですし、ヒバリさんにでも会っていこうかなー、なんて」
僕は、ついで？
雲雀は一瞬、ムッとしたが、すぐそんな感情を打ち消した。
手が、触れた。
と思ったけど、彼は動かさなかった。
彼女がすぐに離すだろうと思ったから。
でも、彼女は離さなかった。
気がつけば、彼女は瞳をとじて、安らかな息をして眠っている。
よくも、こんなところで、寝れるな・・・。
雲雀は体を起こすと、ハルの寝顔を見ながら思った。
「ん・・・・」
ハルが寝返りをうとうと、体を動かす。
「！」
雲雀は、思わずハルの腕を取った。
寝返りができるほど、ここは広い場所じゃない。
「・・・なんて女子だ・・・」
雲雀は、ため息をついた。
別に、この女子が落ちようが、落ちまいとどうでもいいけど。
自分の目の前で、愛する学校で死傷者をだすなど、もってのほかだ。
「えへへへへ・・・」
目の前のバカ面の少女は、雲雀の手に気がついて、手を握ってきた。
起きているのかと、一瞬思ったが。
「・・・ツナさーん・・・」
その一言で、眠っているのが分かった。
「・・・僕は、草食動物じゃないよ」
胸のあたりが、ムカムカしてきて、彼は彼女の頭をこづいた。
「起きなよ。僕は行きたいんだ」
「じゃあ、僕は行くよ」
目をこすっているハルを横目で見ながら、雲雀は立ち上がって給水タンクの上から飛び降りようとした。
が、ガクンと後ろから腕を引っ張られた。
「ヒバリさん、待ってください！」
「・・・なに？」
自分の行動を制止されて不機嫌な声を出すと、ハルは真っ赤な顔で、
「・・・一人じゃ、降りられません」と消え入りそうな声で告白した。
「・・・君・・・」
雲雀は、ハルを見ながら、しみじみと言う。
「バカ、でしょ」
「・・・すみません」
「・・・校舎内で、不法侵入者をそのままにして置けないからね」
雲雀は、再度ため息をつきながら、ハルの腕を引っ張った。
「はひっ！」
そのままハルの背中から腕を回して、彼女の細いひきしまったウエストを掴むと彼女を抱き上げた。
「はひー！な、な、な、何するんですかー！」
唐突な雲雀の行動に、ハルはドキドキする。
・・・・・・これは、俗に言う「お姫様抱っこ」なのでは・・・・・・
顔をちょっと上げると、すぐ目の前の雲雀と視線があう。
ぱっと、顔を下げる。
真っ赤になった。
・・・・・・はひー、恥ずかしいです・・・・・・
ハルは、雲雀の体に密着しすぎないように、不自然に体を外側に倒そうとする。
「・・・ちょっと、大人しくしててよ、落とされたいの？」
ギロリと睨むと、ハルは「すみません」と体を元に戻した。
雲雀は、さらに力を入れて、彼女を自分の体へ引き寄せる。
「はひ！あの、その、あの！」
「黙っててよ。舌、噛むよ」
「はひっ！」
ハルは慌てて、口をつぐむ。
一瞬、風が彼と彼女を包んだかと思うと。
どんっ！と軽い衝撃が来て、もう、そこから降りていた。
「ありがとうございました」
「もう、こんなことはごめんだよ」
立ち去って行こうとする雲雀だったが、再びガクンっと腕を引っ張られる。
「・・・なに？」
二度目の行動制止に、超絶不機嫌な顔と声にもハルは臆することなく、「お礼です」と雲雀の手に渡されたのは、ブドウ味のキャンディ。
「・・・いらない」
ぽいっと、投げ捨てた雲雀に、ハルはガーンとしながら、キャンディをそそくさと拾い上げると
「はひー！これ、甘くて、美味しいんですよ！ハルとランボちゃんのお気に入りなのに」
ハルは、無理やり彼の手に持たせようとする。
「ねぇ、ちょっと、いらないから」
「食べてもないのに、いらないって失礼ですよ！」
キャンディを受け取るまいと、手のひらを強く握っている雲雀の手をハルは両手で掴んで、無理やりこじ開けようとする。
「ひ・ら・い・て、くださーい！」
なんなの、この子。
イライラしてきた。
雲雀は、ハルの手をぶんっと振り払うと、彼女の頬を両手で掴んで。
「はひ？」
その、唇に自分の唇を合わせた。
「っんんーーーーーーーーーーー！！！！！！！！」
彼女の手から、ブドウ味のキャンディが滑り落ちた。
へなへなと、彼女が座り込んで。
彼は、悪魔のような微笑をたたえて、彼女に言った。
「確かに、お礼はいただいたから」
そのまま立ち去っていく、雲雀の後姿を見ながら、呆然とハルは思った。
・・・噂は、噂は・・・・本当でした。
確かに、ヒバリさんは・・・デンジャラスな方です。
すごい駆け足が遠くから響いてきて、応接室のドアの前でピタって止まったかと思ったら、バタンっとドアが飛ぶかと思うくらいの勢いで開かれて、その反動でまたバタンっと勢いよく閉まった。
ものすごい形相で、ハルは雲雀の前までやってくると、バンッと目の前の机を叩く。
「ヒバリさん！どういうことですかっ！」
雲雀は、腕組みをしながら、ハルを見る。
「・・・どうって、なにが？」
「なにがって・・・さっきの・・・、キ、キ・・・」
まっすぐ自分を見つめて質問を返す雲雀の瞳から、ハルは真っ赤になりながら視線をそらして、言葉をどもらせる。
「キ、キ、キ・・・」
「キスのこと？」
「そっ、そうです！ハルは、ハルは、ファーストキスだったんですよ！それを・・・」
バンっともう一度、机を叩いて、ハルは雲雀に視線を戻すと、キッと睨みつけた。
「へぇ、君、ファーストキスだったの？」
「そうです！大切なファーストキスだったのに・・・。最初は大好きな人とって決めていたのに、それを、それを、それをー！！！」
涙ぐんで叫ぶ彼女。
「嫌だったの、ファーストキス」
「嫌に決まってます！」
「ふぅん」
雲雀は、ハルの胸元のリボンをぐいっと引っ張ると、唇を重ねた。
ハルがびっくりする間もなく、ぱっと唇は離されて。
パクパクしているハルの唇。
「な、な、なにするんですかー！」
やっと出た言葉。
「セカンドキス。だって、君、ファーストキスが嫌だったんでしょ」
「意味が違いますー！！！」
ハルは叫んだ。
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