何回かこの部屋を訪れて共にした、この部屋の主であるハルの目の前にいる人物・・・10年後の雲雀恭弥がハルの作った夕ご飯・・・今日は大根おろしがのった和風ハンバーグと油揚げとキャベツの味噌汁とニンジンのソテーとetc・・・を、
きれいで規律にそった箸の使いかたをして彼が食べているのを、今では怖さも気まずさもなくなっていたが、お茶をすすりながらハルは、やっぱりハルがココにいることを「不思議ですね」って思う。
「すみません、三浦ハルさん」
風紀財団ＮＯ.２の実力者である、中学のころは風紀副委員長だったリーゼントが自慢の草壁哲矢が、食器を片付け中のハルのところを訪れたのは、まだ雲雀とツナが修行中であったときだった。
「あの・・・でもハル、ビアンキさんに聞いてみないと・・・ここの当番だってありますし」
「ビアンキさんには、既に了承いただいています。どうしてもハルさんにお願いしたいのです」
「でも・・・ハルにはツナさんのお世話もありますし」
「・・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・・。」
「草壁さん？」
「あっ、すみません。ですが、お願いします、ハルさん、風紀財団の・・・雲雀恭弥の身の回りの世話をしていただけませんか？」
彼が言うには、それまでは自分は主に外交にあたっていて、もう一人の女性がご飯を作ったり、部屋の掃除をしたり、出かける用意をしたり、雲雀の身の回りの世話をしていたのだが、急な用事が彼女に入ってしまい、現在はそういった細々とした世話をする人がいないという。
「雲雀は彼女以外の女性を寄せ付けません。ハルさんしか、いないのです！」
「はひ？どうしてハルが・・・その女性の方しか寄せ付けないのなら、ハルだって駄目だと思いますよ」
草壁は一瞬、しまった、という顔をしたが、ハルはカチャカチャ、と食器を片付けるため、草壁に背中を向けたので、彼の表情には気がつかなかった。
「・・・・・お願いします、ハルさん。きっとハルさんが雲雀の世話をしていただけたら、沢田さんの修行にも、きっと力がもっと、もっと、もっと、入ると思い、それは突き詰めてみると、ハルさんが雲雀の世話をするということは結果、沢田さんのためにもなると思うのです」
草壁は、悪いと思いながら、「沢田さんの」というフレーズに力をこめる。
「ツナさんの！」
最後の食器を片付け終わったハルが目をキラキラと輝かせて、振り向いた。
よしっ！もう一押し！
悪いとは思いながらも草壁は心の中で、ぎゅっと拳に力をこめる。
「そうです！なので、ぜひ、ぜひ、お願いします！」
「はひっ？！」
草壁が土下座のようなポーズをはじめたのでハルは慌てて、草壁のもとに寄って制止にはいる。
「いや、でも、お願いします・・・！」
「はひ・・・草壁さん、頭をあげてください、そんなことは止めてください、・・・そこまで草壁さんがおっしゃるなら・・・
ハル、雲雀さんのお世話を引き受けますから」
「引き受けてくださいますかっ！あ、ありがとうございますっ！！」
彼は心底嬉しそうに、ハルの手をがちっと掴んだ。
そこまで請われたのに、草壁に連れられて、初めて雲雀恭弥に会ったとき、彼はハルの目にも分かるほど、思いっきり不機嫌な顔をして、鋭い瞳で彼女を睨んだので、ハルは身をすくませた。
「デンジャラスなひと」と、彼の噂話を思い出し、10年経っても彼はちっとも変わっていない、と引き受けたことを後悔したのと同時に、初めて見た10年後の雲雀恭弥の容姿は、ハルの目を釘付けにした。
スラリと伸びきった長い手足に、細長く美しいのにゴツゴツとした男らしい指、妖しいまでに切れ長の、どこまでもどこまでも堕ちていってしまいそうなほど深いオニキス色を漂わせた瞳に長いまつげ、高い鼻筋にうっすらと赤くそまった品の良い唇、石造のように美しくカーブをえがく顔の輪郭・・・・・・黒のスーツに身を固めた背の高い彼は、どこをとっても、どこまでも完璧なのに、ただひとつだけ、不自然に、無頓着にザクザクに切られた彼の不揃いな前髪・・・・・・・を意識した途端、ハルは雲雀の異様なオーラな様にも関わらず、「くすくすくす」と笑い出してしまい
「・・・・・・なにがおかしいの、君？」
と雲雀にさらに睨まれて、はっと口を押さえたのだった。
「・・・・・・・・・・・はぁ・・・好きにしなよ」
そのあと、盛大なため息と一緒に、すぐにそんな許可がおりて、スタスタと雲雀は行ってしまったので、そばで硬直していた草壁は心底ホッとした表情を見せた。
「・・・・・・ここだけの話なのですが・・・」
「なんですか？草壁さん」
草壁に風紀財団の部屋をひとつずつ案内されながら、ハルは草壁の声に耳を寄せる。
「・・・実は雲雀のあの前髪は自分で切ったのですよ・・・以前は世話をしてくれている彼女が切っていたのですけどね」
「・・・だから、あんなに不揃いなのですね」
「そうなんです、実のところ、それもあって、やっぱりハルさんを、って思った次第でして・・・」
そんなことを、こそこそと教えてくれてハルは再び、あの前髪を思い出して、さっきまで睨まれていたことも、すっかり忘れて、１０歳も年上の彼のことを、ちょっと可愛いかも、って思ってしまったのだ。
雲雀恭弥の好きな食べものは和食、好きな料理はハンバーグ、ということを草壁から渡された『雲雀恭弥お料理メモ』で知ってから、できるだけ和食の献立を考えて、限りある食材で見た目もよく、栄養バランスもとれた料理を作ることにハルは熱中した。
頼まれて一度引き受けたら、懸命に尽くす、そこが彼女の良いところでもあった。
初めてハンバーグを作って持っていった日、ドキドキしながら「美味しいですか？」と聞いたら、「まずい」と速攻で返されて彼女は少なからずショックをうけたものだが、彼いわく、それまで世界一美味しいハンバーグを食べていたから、ということを聞かされて、世界一なら、まだ勝てないかも、しゅんっとなったが、努力家の彼女だから、それからもハンバーグは何度か作って持っていった。
雲雀が食べている最中に彼女は一緒に食べるわけではないが、傍にいることを熱心に勧められて(草壁に)彼女は手持ち無沙汰をまぎらわすため、お茶を飲むことにした。
初めのころは、ハルがどうして雲雀が食べている間にも傍にいなければいけないのか、きまずくて、きまずくて仕方がなかったが、そのうち彼のペットだろうか、ヒバードという小さな黄色の小鳥が(そういえば、並盛中で見かけたときも、彼の傍に黄色の小鳥がいた気がする)よくハルの肩にとまってくれて、ハルはヒバードにもおやつを作って持ってきて、「ハルー！ハルー！」といつの間に名前を覚えてくれたのだろうか、そうやって話してくれる小鳥とも仲良くなって、雲雀が食べている間に、ヒバードと遊ぶことも日課になって、ハルなりにちょっと楽しい気持ちにさえ、なっていったのだ。
「・・・・・・ねぇ、三浦ハル」
ハルが、ボンゴレ基地と風紀財団を行き来するようになって、数日が過ぎた頃、10年後の雲雀恭弥がハルの作った夕ご飯・・・今日は大根おろしがのった和風ハンバーグと油揚げとキャベツの味噌汁とニンジンのソテーとetc・・・を、きれいで規律にそった箸の使いかたをして食べ終わって、ハルが入れた桜の香りがする日本茶をすすりながら、雲雀が彼女に声をかけた。
それまでハルの方から雲雀に対して声をかけたり、話を持ち出したりすることはあったけれど、雲雀のほうから声をかけられたことがなかったので、ハルはびっくりして、「・・・・・・はい、なんですか？」と応答するまでに何秒か時間がかかってしまった。
「ちょっと一緒に来て欲しいところがあるのだけど・・・・・・大丈夫かな？」
形のよい唇から湯のみをさげると、彼が着ている黒い和服がサラサラと流れた。
「は、はい、大丈夫です」
雲雀はハルが答える前に、すっと立ち上がったので、ハルは慌てて一緒に立ちあがりながら答える。
「あ、お皿の片付け・・・」
「いい、草壁が持っていく」
雲雀がスタスタと歩きだしたので、ハルは食べ終わったお皿と雲雀の背中を交互に見つめながら、草壁さんごめんなさい、と心の中でつぶやいて、雲雀を追いかけ始めた。
雲雀のあとを追って、草壁に案内されたときには見たことがなかった(どうやら草壁はハルが必要であろう場所しか案内していなかったようだった)通路を通って、ハルは懸命に目の前の雲雀についていく。
「あの・・・どこへ？」
どんどん奥に入っていく無言の雲雀にハルはちょっと不安になりながら尋ねたとき、雲雀があるドアの前でぴたっと足を止めた。
そうして、ぴぴっとドアの前にある装置にカードを通すと、ガチャと音がして、ドアがすーっと開いた。
「ここだよ」
うながされてハルは、とまどいながら部屋に入っていく。
「うわぁ・・・！」
ハルは大きく目を見開いて、感嘆の声をあげた。
部屋に入った途端、ハルの目の前に広がったのは・・・空間いっぱいに彩られた星降る夜空。
部屋中に散りばめられた満天の星空は、手をのばすと、まるで触れることができそうなほど、ハルの身近にあるようで、こぼれ落ちてきそうなほど、たくさん、たくさん、たくさん美しく幻想的にキラキラと瞬いている。
「プラネタリウムだよ」
「はひ・・・素敵です・・・」
ハルは言葉も忘れて、その美しい夜空に魅入った。
今までは当たり前のようにハルの頭上に輝いていた、見知った星座や綺麗な形をした三日月が、今のハルには遠い昔のことのように思えて、懐かしさで胸がいっぱいになる。
「・・・・・・気に入ったかい？」
「はい！とっても、とっても・・・・・・！本当にビューティフルです！」
ハルは瞳に星を映したまま、くしゃり、と表情をくずした。
・・・・・・恭弥さん・・・・・・
ふわりと忍び込むように、雲雀の脳内に彼女の声が響いて、顔をあげ星降る夜空を見つめた瞳を彼は細め、そのままゆっくり閉じた。
「はひー！ビューティフルですっ！」
完成したプラネタリウムに初めて二人で入ったとき、１０年後のハルは今のハルと同じように目を輝かせて、部屋中いっぱいに広がった瞬く星たちに魅入って言葉を失ったあと、そうやって、瞳に星を映したまま、にっこりと笑っていた。
「恭弥さん、とっても素敵なルームをありがとうございます！」
ギュッと抱きついてきて、「ふふふ、素敵ですー！」と彼の胸に顔をこすりつけて微笑む彼女が、愛おしくて、その前髪に唇をよせた。
「・・・ハル」
呼ぶ名のなんと愛おしいことか。
ハルを見つめる自分の瞳の、なんと狂おしいことか。
「・・・・・・んっ、恭弥さん・・・・・・だ、駄目ですよっ。んんぅっ・・・っ！」
手が抱き寄せたハルのウエストから太ももに差し掛かると、慌てて抵抗する彼女の唇に自分の唇を強く重ねて、舌を深く入れた。
彼女の口づけの味を確かめるように、彼女の舌に自分のそれを絡ませながら、ゆっくりと彼女の胸元に手を這わせて、流れるようにブラウスのボタンをひとつ、ひとつ、はずした。
遠い昔のことのようだ。
雲雀は目をゆっくり開いて、隣りのハルを見つめた。
中学生のハルは、沢田綱吉に恋をしていて、雲雀恭弥なんて、眼中にはない。
彼女の心に、彼はいなくて。
・・・本来なら、雲雀は10年前のハルに関わることは避けたかった。
だから、あの日、草壁に連れられて来た彼女を見たときも、拒否反応をしめした。
この戦いは、未来を変えるための戦いではあるが、本質を変えるための戦いではなかった。
本来あるべきの道筋を、道理を曲げてまで変えることは、白蘭を倒し、平和な世界を取り戻すためだけであって、人と人との関係性までを変えるかもしれない可能性のある行動は、極力さけたかった。
もしかしたら、怖かったのかもしれない。
10年前のハルが10年後の自分と関わることで、自分とハルとの関係性が変わってしまうことが。
やっと手に入れた彼女が、自分から逃げてしまう道筋に変わってしまうかもしれないことが。
でも、彼女が心おだやかに、笑顔で暮らせる世界を取り戻したかった。
顔をあげれば、星が瞬くのをいつでも見つめることができる、そんな当たり前の日常。
だから沢田綱吉、入江正一の提案を受け入れた。
願いはひとつ。
彼女が、いつも、いつのときも、幸せであるように。
ふっと雲雀の大きな手がハルに伸びてきてハルの頬によせられた。
「はひっ？」
突然の雲雀の行為にハルがとまどっている合間もなく、それは一瞬の間のことで、すぐにその手が頬からハルの頭の上にポンっとのせられて、ゆっくりと前後に動かされた。
「君は・・・よく頑張ってる・・・」
ごめん、ハル
君がこの世界に来てしまった責任は僕にもある。
毎日、泣いてたの、知ってる。
涙のあとが、いつも頬について・・・。
「はひ・・・雲雀さん？」
何度かゆっくりと彼女の頭を撫でたあと、雲雀は目をしろくろさせて自分を不思議そうに見つめているハルの頭から手を離した。
「・・・・・・今、この部屋は僕しか利用しない。君にここの入室カードを預けるから、好きなときに入ったら良いよ」
「え？良いんですか？」
ハルは雲雀の顔を見つめて、ぱぁっと目を輝かせた。
「はひー！嬉しいですー！あ、じゃあ、お礼に今度、雲雀さんの夕ご飯、雲雀さんのリクエストにお答えします！
なんでも、どんどん、じゃんじゃん、好きなものを言っちゃってください！」
「お礼なんて、いいよ」
「そんなこと、言わずに！」
「・・・・・・じゃあ、ひとつ良いかな」
「はい！何でもどうぞです」
雲雀は一瞬、逡巡したあと、口をひらいた。
「・・・・・・恭弥、って言って・・・」
「はひ？」
「一度だけで良い、この場所で」
すぅっと、まっすぐに自分を見つめてくる雲雀の瞳に、ハルは心臓が跳ね上がって、身体は硬直した。
「そ・・・そんなことで、良いんですか・・・？」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
雲雀は、それには答えずに「やっぱり、良い・・・」
くるっと背中を向けて、歩き出そうとした。
「あ、待って、待ってください！」
ハルは追いかけて、歩き出した彼を制止しようと必死にギュッと雲雀の腕に抱きつく。
雲雀の体がびくっ！と電流が走ったように震えたが、ただただ懸命のハルには気づかなかった。
雲雀の腕を両腕で抱え込んだままのハルと立ち尽くしたままの雲雀の上に、変わらず星の光は輝き続けたまま、沈黙も続いたまま。
「え、っと、あの・・・」
ようやく部屋中にハルの声が戸惑いながら響くと、彼女は意を決したように、うつむいていた顔をばっとあげた。
「あ、の・・・きょ、きょ、きょう、・・・恭弥さん・・・・とっても素敵なルームをありがとうございます！」
すぐさま、ぱっと雲雀の腕を離すと「はひー！は、恥ずかしいです・・・！」耳まで真っ赤にさせた顔を両手で覆って、ハルは叫びながら、部屋から飛び出て行ってしまった。
残された空間。
雲雀は、そのまま立ち尽くすのみだった。
体がふるえて、見開いたオニキスの瞳は何もうつさない。
彼女に触れられた腕から全身に喜びが広がっていくのが、自分でもわかる。
響く彼女の声が脳内で何度も何度も繰り返す。
恋情に蝕まれていく、心が。体が。
小さな少女に焼き焦がされて。
・・・・・・僕は・・・・・・
自分の欲望に気がついて、もう二度と現状のハルと二人でこの部屋に来れないな、と思う。
くすり、と自嘲気味に笑う雲雀の声だけが、部屋にひびいた。
END(2009.2.7)
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1万ヒット御礼リクエストより「１０年後雲雀さんと現在ハルの小説」でした。
世界一美味しいハンバーグのくだりは、メモログ１(２００８)に掲載したテキストより、リンクさせてみました。
リクエスト、ありがとうございましたｖ