ゆったりと瞳をひらいた気がした。
久しぶりに満足のいく眠りにつけた気がする。
ただ昨夜、彼に愛された身体は、まだ火照りが残っているようで、なんとなく気だるげで、ハルはふわふわの羽布団に誘われるまま、そのまま布団の中でころんと向きを変えるだけに留まった。

ハルの目の前では、クロユリのように神秘的な瞳をたたえた青年は、まだその瞳を閉じて、安らかに寝息をたてている。
ハルは青年の顔を見つめて、まるで天使のようだ。と思った。
可愛いハルの天使。
そう思うと可笑しくなって、くすくすくすと声をたててしまいそうになって、あわてて口元を押さえる。
まだ、この天使の寝顔を見ていたい。
口を開くと途端に悪魔になってしまう彼だから。

昨夜、イタリアから帰ってきた雲雀恭弥は、空港まで迎えに来ていたハルをそのまま連れて、空港近くの高級そうなホテルに直行した。
部屋に入るなり、何か言いかけたハルの口をふさぎ、そのまま服を脱がせた。

恭弥さん、待って、待ってください。シャワーを浴びてから・・・。
・・・嫌だ。待てない。

あたふたするハルの両手を片手でベッドに押さえ付けて、耳から始まって、首筋、胸元、そして膨らみのピンク色のつぼみを、彼は赤い舌でふくみながら、標をつけていった。
そのたびごとにハルのまつ毛は、震える。
雲雀の熱い手や舌が、歓喜に満ちた瞳が、彼の下半身の膨らみが、ハルの女性の部分を刺激して、自然に彼を受け入れる準備を始める。
彼が自分に触れるのが、とっても気持ちよくて、ハルは熱い吐息をもらす。

ハルだって、欲しかった。
雲雀恭弥が。
自分が思っていた以上に、その想いが強くて、ハルは夢中でキスをせがんで、雲雀にしがみついた。

とろけそう。
身体も心も。

潤んだ瞳で、雲雀の揺れる短髪を、汗ばんだ引き締まった身体から与えられる彼自身の旋律を受け入れながら、ハルは何度も何度も意識を遠くへ飛ばした。

「・・・なに、見てるの」
「はひっ？」
ぱちりとクロユリの瞳が突然ひらかれて、ハルはドキリとする。
じぃっと見つめられて、まるでお菓子をつまみ食いしようとしていたのを見つけられてしまったかのような、ばつの悪さを感じて真っ赤になる。
「きょ、恭弥さんが可愛いから、じっと見つめていたのです」
「・・・君は昔からそればっかりだね」
寝起きの雲雀の声は少しかすれていた。
「はひ？そうですか？」
ハルは首をひねりながら、そうでしたっけ？と繰り返した。

――― そうだよ
この僕に可愛いなんて言えるのは、言い続けているのは、この世に君だけしかいないのだけど。

心の中で悪態をつきながらも、雲雀はハルにそう言われるたびに、悪い気はしなかった。
他の人間が言えば「咬み殺す」とトンファーを掲げる言葉でも、この少女が口にする言葉は、出会った中学の頃より、
何故か心にくすぐったく、それまで味わったことがないような感触を雲雀に残していった。

ただ、それは最初だけで、それから会うたびにハルの言葉に心ざわめいて、最終的にはそれが恋だの愛だの認めてしまうまでの間、僕は狂ってしまったのか？とまで思ってしまったのだが。
でも、それさえも真実、嫌ではなかった。
一粒の美しい雫がこぼれ落ちて、波紋が広がっていくように、心地よかった。

後にも先にも、そんな女は現れないだろう。

「・・・ハル、お腹すいた。朝食をとろう」
雲雀がベッドから抜け出すとき、チャリんと軽い音がして、二人同時に視線を絨毯に向けた。
雲雀は長い指に落ちたものを軽く引っ掛けると、ゆっくりとした所作で拾い上げた。
「・・・まだ、持っててくださっているのですね・・・」
カチャリと音がして再びエンドテーブルの上に置かれた鍵とストラップを見て、ハルは枕に横顔をうずもらせたままポツリと言う。
「・・・君も早く着替えたら」
雲雀はそれだけ言うと、バサっとハルの目の前に紙袋を差し出した。

雲雀が所有する鍵につけられたストラップは、ハルが中学３年のときに雲雀にプレゼントしたものだった。
ヒバードをかたどったシルバーアクセサリーのストラップ。
雲雀は10年経った今でも、それを鍵につけて大切に扱ってくれてる。

不必要だと思ったものは、バッサリと躊躇なく棄ててしまう彼だから、ハルがあげた全てのものを一つ一つ大切に扱ってくれていることが、ハルにはとても嬉しかった。
そんな彼の、目には見えないけれど、心がホンワリと温かくなる、優しくなる、そんな雲雀の本質が愛しくて、大好きだった。

いつまでも布団の中に沈まって着替えださないハルを無言で訴える男の視線を感じてハルはようやく身体を動かして、雲雀が置いてくれた紙袋を開き始める。
彼はイタリアから帰って来るたびにハルのための服を一式買って戻って来ていた。

「・・・ブラジャーのサイズがひとつ上がってます・・・」
「ぴったりだと思うのだけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
いつものことながら、下着まで用意されていることに若干の抵抗を感じているのに、サイズまで合っているなんて。
しかも最近、今まで身につけていたサイズだと苦しくなってきていたところで、サイズ変更しようかな、と思っていたところだったのに。

「・・・・・・・・・どうして、分かったのですか？」
「以前、抱いたとき、違和感を感じた。あれだけ、僕に揉まれて 「ストッープですっ！」 いるのだから、・・・」
「・・・恭弥さん、淡々とそんなこと言わないでくださいっ。」
ハルは真っ赤になりながら、雲雀を睨む。
「お腹すいたよ、ハル」
雲雀はハルの睨みなどお構いなく、早く着替えるようにと、言葉と目で促す。
「・・・・・・・・・・・・・・・分かりました。着替えますから、あっち向いてて下さい」
「今さら、隠す必要あるの？」
「あるんですっ！」

もうっ、恭弥さんったら、ハレンチなんですからっ。
ハルはブツクサ言いながら、雲雀が向きを変えたのを確認するとやっと布団から身体を離した。

センスの良いデザインの服を身にまといながら、ハルはふと動きを止めた。

何日かしたら、雲雀はイタリアに戻る。
そうしたら、また離れ離れの日々が始まる。
一緒にいるときが幸せなほど、別れは辛い。
何か黒いものに囚われそうになって、ハルは頭を振った。

それでも。
例え限られた時間でも。
一緒にいられるのだから。
恭弥さんとの時間を大切に、笑っていよう。

「お待たせしました、恭弥さん。さぁ、行きましょう」

さぁ、今日はどんな日になるのでしょう。
きっと素敵な日々の始まりだとハルの心は高鳴った。

END(2009.8.20)

おまけ

それは、今日よりちょっと前の、いいえ、かなり前かもしれない、もしかしたら、それほど前でもないかもしれない、
ある日のこと。

ハルは思いきって聞いてみた。

「あの、恭弥さん・・・お聞きしてみたいことがあるのですが・・・」
「なに？」
「恭弥さんがイタリアから買って帰ってくださるお洋服ですが、あれは誰が選んでいらっしゃるのでしょうか？」
「僕が選んでいるよ、気に入らない？」
「そんなことありませんっ！いつもハル好みの素敵なお洋服ばかりで。
・・・・・・でも、あの、ですね・・・・・・あの、・・・した、した、した・・・ぎ、ぎ・・・ぎ・・・ごにょごにょ。」
「なに？聞こえないよ」
「しっ！下着もっ、・・・恭弥さんが選んでくださっているのでしょうかっ！」
「・・・僕が選んでいる 「変態っ！」 のは嘘だけど・・・・・・いま、何か言った？」
「いっ、言ってません、言ってませんっ！
・・・あぁ、でも良かったです。恭弥さんがランジェリーショップでハルの下着を選んでいるところなんて、想像したくありませんから・・・はひ？だったら、どのようにして下着を買ってきてくださっているのですか？あ、もしかしてっ、通信販売で
ゲットしてたり？へ、へんた 「違う」 ・・・はひ？」
「・・・実際には、草壁が選んだ何件かのファッションショップの人間に、服をひととおり持ってきてもらって、僕が選んでいる。そのときに君の下着も一緒に持ってくるように頼んでいるんだ」
「や、やっぱり、恭弥さんが、そのとき色々な下着を物色して・・・」
「していない。下着に関しては僕はサイズを伝えるだけ」
「さ、サイズを伝えるっ？きょ、恭弥さんがですか？」
「・・・他に誰が伝えるの。君の胸やお尻のサイズを僕以外の人間が知ってもいいの？」
「・・・うっ・・・それは・・・困りますけど・・・では、恭弥さんはハルの下着選びにはノータッチなのですね」
「・・・まぁね。だって」

雲雀は口角をあげて、ニヤリと悪戯っぽく口のかたちを変えた。

「それは、脱がすときのお楽しみでしょ？」
「・・・！」

おまけのおまけ

「あ、・・・」
草壁はゾロゾロと扉から出て行く大荷物の集団を見て、声をあげた。
「お疲れさまでした。また、お願いしますね」
洋服や靴などを手にもったお店のスタッフたちに草壁は、ねぎらいの言葉を順々にかける。
「こちらこそ、ありがとうございました。また次も婚約者の方に気に入っていただけるような品を腕によりをかけて、持ってきますから」
「はい、お願いします」
草壁は頭をさげた。

業者の背中を見送りながら、草壁は思う。

三浦は、どんな顔をするだろうか。
こちらでは、もうずっと以前から、「三浦ハル」は「雲雀恭弥の婚約者」となっているなんて。

「はひー！いつの間にハル、恭弥さんの婚約者に・・・？うっ、嬉しいですっ！」

瞳を潤ませて、そして中学の頃と変わらない、無邪気で元気な可愛らしい笑顔を見せてくれるのだろうな。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・さて、仕事、仕事だ」
ちょっと感傷的になった自分を振り払うように、うーんと伸びをしながら声をあげると、草壁は仕事部屋へと大きく一歩を踏み出した。