彼は、よく見かける。
夕焼け、川原のそばを歩く、草食動物の群れ。
沢田綱吉、獄寺隼人、山本武、笹川京子、そして・・・三浦ハル。
彼女は、並盛の生徒ではないくせに、よく一緒に群れている。
誰から見てもわかることなのに、殊勝なことだな、と思う。
三浦ハルと沢田綱吉と笹川京子。
見事な三角関係。
そして、三浦ハルの・・・完全なる空回り。
それでも三浦ハルは、何も気が付いていないように馬鹿みたいに笑って、まとわりついている。
まわりの人間も誰か、三浦に言ってやればいいのに。
そんな無駄なことは、やめたら、と。
今の関係を壊したくない？傷ついて泣く三浦ハルを見たくない？麗しい友情のつもり？
不思議な草食動物たち。
理解できないな。無駄なことはしたくない主義だ。
三浦ハルが、沢田綱吉に抱きついた。
沢田綱吉が、慌てて三浦ハルを引き剥がそうとする。
「はひー、なんで拒否するんですかー！」
「ち、違うんだよ、京子ちゃん！」
沢田綱吉は三浦ハルの言葉を無視して、笹川京子に言い訳するのに必死だ。
「え？どうしたの？」
笹川京子は、その光景を見ていなかったようだ。
獄寺隼人が、三浦ハルのポニーテールを引っ張って。
「こら、アホ女、10代目を困らすようなアホな行為をすんじゃねぇ！」
「はひー！何するんですか！ツナさん、困ってないですよね。」
彼女は同意を求めるように、沢田綱吉を見たあと、
「って、アホ女っていうのやめて下さい、って前から言ってるじゃないですか！ハルには、三浦ハルっていうプリティなネームがあるんです！」
獄寺隼人を睨んだ。
「自分で言ってんじゃねぇよ！アホ女！」
「また、言いましたねー。このアウトロー！」
「まぁまぁ、二人とも」
山本武が仲裁にはいる。
「やれやれ」
「あはははは、本当に獄寺くんとハルちゃん、仲が良いよね」
「仲良くありません！」「仲良くねぇ！」
二人が同時に叫んだ。
・・・・・・くだらない。
群れるやつは嫌いだ。
ほんと、うっとうしい。
「今日も来ませんでしたね」
「・・・何の話？」
「いえ。こちらのことです」
取り出したトンファーを見た草壁が顔色を真っ青にして、すぐさま口をとじた。
このまま歩いて彼を滅多打ちにするのは簡単だけど、彼には急ぎの風紀委員の仕事を任せている。
トンファーを下げて、再び、書類に目を通しはじめた。
草壁は優秀だ。
僕の言うことを忠実によく聞く。
だけど、僕のことを分かっていない。
あの女子が応接室に来るようになってから、彼は彼女のことを何かと気にかけるようになっていた。
それを自分の心の中だけでおさめておけばいいものを、さも僕に関係あるかのように、ボソっとつぶやくから、沸々と
トンファーで滅多打ちに咬み殺したくなる。
イライラしていた。
風紀委員の仕事は順調だ。
体調だって、悪くはない。
先日、群れたハイエナどもを咬み殺して、引きずり回した。
それでも感じる、このイラつきはなんだろう。
「・・・委員長は、周りのことに関しては、すごく敏感だが、ご自分のことになると、まるで靄がかかったように、見ることができないのだな」
草壁からそんな声が聞こえてきて、僕は立ち上がった。
もちろんトンファーを持って。
「・・・どういうこと？」
「は？」
「・・・今、僕のこと言ったでしょ」
草壁は近づいてくる僕の姿を見て、さきほど見た青色から、今度は白色に顔色を変えながら、ブンブンと首をふる。
「いえっ！何も言っていませんっ！！！」
彼のトレードマークのリーゼントが取れそうになるほど、左右にぶんぶんと振り続けられて、「言ってませんっ！何も言ってませんっ！」とオウムのように繰り返し、汗びっしょりになっている。
草壁には、急ぎの風紀委員の仕事を任せている。
「・・・まぁ、いいよ」
僕は草壁の横をすりぬけて、部屋から出た。
「まさか、聞こえていらっしゃったとは・・・」
部屋を出たあと、草壁の声が聞こえてきたが、面倒くさかったので、そのまま歩き出した。
書類を整理していたら、コンコンとドアがノックされたが、無視した。
並盛生徒は、まず、この部屋には近づかない。
風紀委員なら声を張り上げて名をなのる。
教師だと「失礼します、雲雀さま」ぐらい言うだろう。
カチャと音がして勝手にドアが開いて、三浦ハルが入って来た。
久しぶりに顔を見た気がする。
・・・今、とても、くだらないことを考えた気がする。
「こんにちは、ヒバリさん」
彼女は、にっこりしながら、部屋に侵入して来た。
彼女以外だったら、こんな無礼とっくに咬み殺している。
女子には、手を出さない。
ただ、それだけだ。
いつも通り無視して、僕は書類に目をおとした。
そのうち、ふんわりとリンゴの香りが部屋中に香ってきた。
ことん、と音がして、目の前に置かれたものに目を動かすと、ゆらりと黒い液体が揺らいでいた。
彼女は勝手に持ってきたハル専用だとかいうマグカップに、ハル専用だとかいうカモミールを入れて、湯気をただよわせながら、ゆっくりと黒いソファにその身を沈めていた。
揺らめいているコーヒーを見つめながら・・・
見つめながら？
・・・僕はいつの間にか、彼女が座っているソファの前に立っていた。
「・・・？はひ？ヒバリさん、どうされたのですか？」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ゆらりと目の前に立ったまま、凍えたような瞳でハルを見つめる雲雀に、ハルは何を感じるわけでもなく、いつもと同じように二コニコして問いかけた。
雲雀は、何も言わない。
ただただ、ハルをじっと見つめ続ける。
「な、なんですかー。ヒバリさん、ハルの顔、何かついていますか？」
相変わらず、ハルはニコニコしながら話しかける。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ヒバリさん？」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・君、さ・・・・・・・」
「はい。なんでしょう。」
やっと言葉を発した雲雀に、ハルが少しホッとしたように、また顔をゆるめた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・知らないの？」
「はひ？何を、ですか？」
きょとん、として、猫の目のようにクルリと吊りあがった大きな瞳が、不思議そうに雲雀をうつしだす。
無邪気な目だ。
何も知らない、純白の、浮かれた感情をもつ、くだらない草食動物の目。
雲雀は少し瞳を強めて、微笑んだ。
・・・つもりだったが、どうだろう、自分ではよく分からなかった。
それが、本当に微笑み、だったか、なんて。
ゆがんだ笑顔。
例えるなら、そんな感じかもしれない。
口角は笑っている形を作り出しているのに、なにかイビツな。
不自然に作り出たもの。
分かっていた。
そう、笑っていない、きっと。
瞳が、笑っていない。
・・・瞳なんて、笑えない。
真実をうつしだすものが、伝えるものが、訴えるものが、人間のどこにあるか、なんて、分かっているだろう。
だって、三浦ハルが・・・。
いらつくんだ。
大嫌いなんだ。
咬み殺したくなる。
・・・そのバカみたいな。
そのバカみたいな。
雲雀は、ハルの目の前で膝を折り曲げて、彼女と視線の高さを合わせた。
一番、効果的な方法をとりたかった。
「はひ？」
首をかしげる彼女の目の前に、雲雀は顔を近づけていく。
「は、はひっ、はわわわわわわっ・・・なっ、なんですか？なんですか？ヒバリさんっ！」
慌てふためく彼女が立ち上がりそうになる直前、雲雀は肩を軽くおしてソファにハルの身体を戻すと、右手をソファに沈めて、左手でハルの頬をそっと掴んだ。
「はひ、は、あの・・・なに・・・？」
雲雀はゆっくりと顔を近づけていくと、真っ赤な彼女の耳元にそっと唇を寄せた。
「ねぇ・・・知ってた？・・・・・・・沢田綱吉は、笹川京子が好きなんだよ」
そう囁き終わると、そこで初めて、彼は自分の目が自然に弧をえがいていくのを感じた。
まるで、死刑宣告を彼女に与えたような、そんなゾクゾクする快感が湧き上がってきて、心底、愉快に思った。
・・・・・・あぁ、良かったね。これで無駄なことしなくてすむよね。
くだらない恋愛ごっこも、見飽きたじゃれ合いも、無意味な言葉の応酬も、これですべて終了だ。
さぁ、泣き叫んで、怒りを僕にぶつけて見せてよ。
殴ってもいい。
お望みなら、愛用のトンファーを貸そうか？
お気に召すなら嬉しいな、なんたって殺傷力、抜群だ。
そんなことは、ありません！って、泣いてみる？
なにを言っているんですか！って、訴えてみる？
それとも罵詈雑言をあびせて、この部屋から出て行く？
それも素敵な行動だね、ＯＫだ。
きっと僕は、今感じている以上に恍惚に満ち、満足感を覚えるだろう。
壊れてしまえ。
君なんて。
沢田綱吉への想いも。
あの仲良しごっこも。
そう。
三浦ハルのすべて。
ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、修復不可能なほど、無残なほど、冷酷に、無慈悲に、ぐちゃぐちゃに壊れてほしい。
その瞬間を待った。
目の前の少女の顔は、蒼白になったように見えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・知ってますよ。そんなこと」
ポツリとつぶやいた、長い間、待ったように感じられた時間の、彼女の最初の一言は、そんな台詞で、雲雀は目を見開いた。
自分の表情が変わっていくのを雲雀は感じた。
ハルは、目の前の少年を見つめながら、ただ、たんたんと言い放った。
目の前の少女の顔は、蒼白になったように見えた。
・・・そのように、見えたのは、そうなれば良いと思ったものが見せた幻影だったのか？
三浦ハルの顔色は、何も変わっていなかった。
怒っているわけでもなく、告げられた言葉に悲しんでいるふうでもなかった。
ただ、たんたんとしていた。
瞳だけは、はっきりとして。
てっきり・・・泣くかと思ったのに。
戸惑いを感じた。
次の言葉が繋がらなくて、数分後、口から吐き出た言葉は、ひねりのない、ただ毎日心の底から思っていたことだった。
「・・・・・・君、は・・・不毛なことをしているって、わかっていないの？」
「・・・言っている意味がわかりません」
視線はそのまま逸らさず、まっすぐと目の前の黒髪の少年を見つめ、一呼吸置いて、ハルは言葉を続けた。
「・・・報われなければ、恋をしてはいけませんか？絶対に、両想いにならないと、この想いの意味はない？
もちろん、ハルだって、ツナさんと両思いになりたいです。ハルはツナさんのことが、大好きです。
ツナさんにもハルのこと好きになって欲しい。
そうなれば、ハルは本当に、本当に幸せなんです。
だから、諦めたくないんです。ただ何もせずに、ツナさんのこと、諦めたくないんです。
・・・自分が納得いくまで、ハルは諦めないんです。」
最後は、自分に言い聞かせているように感じた。
そこにあったのは、ただただ、恋の結末に挑む覚悟の瞳。
１４歳のはかない、浮かれた少女の瞳ではなく、強い強い、恋をする女の目だった。
ゾクリ、とした。
誰にも負けることを潔しとしない、強く、強く、あがく瞳。
その瞳が、好きだな、と思った。
だが、三浦ハルの両のこぶしが、きつく握り締められていて、少し震えていることに、気づいていた。
その脆さも好きだな、と思った。
無意識に、身体は動いた。
エモノには、標しをつけないと、いけない。
そう、標しを。
雲雀は、急にハルを引き寄せた。
「あっ！」
雲雀の思ってもいない行動に、心構えをしていないハルの身体は簡単に引っ張られる。
「いっ・・・痛いです、ヒバリさん、腕、はなして・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
腕を強くぎゅっと掴んだまま、何も話さない雲雀の不気味さに、ハルはハッとして、「放してくださいっ！」腕をぶんっと思いっきり振って雲雀の手を振り放す。
そのまま走り出した先の、窓際まで追い詰められて、振り向いたハルの目の前に雲雀が立ちふさがった。
「きゃっ！」
バンっと雲雀の大きな両手がハルの顔のすぐ横に付けられて、左右逃げられなくなったハルは、そのまま雲雀の身体に囲まれた形になった。
「・・・・はっ、はひ・・・あ、あの・・・」
いつもと明らかに様子が違う雲雀が怖くて、ハルは顔をあげられない。
「あの、あの、はな、放してください、ヒバリさん・・・」
「・・・・・・顔、あげてよ」
「はひ？」
「あげて」
ハルの要求を無視して、有無を言わせない彼の言葉の強さに、彼女はびくっとして、思わず顔をあげた。
雲雀は、首を少しかしげて、ハルを見下ろしている。
その瞳に何か危険なものをハルは本能的に感じて、身体が無意識に雲雀から逃げようとした。
彼は、逃げようとした彼女の肩をつかんで、引き寄せた。
引き寄せた彼女は、震えていた。
ためらわず、そのまま窓に押さえつけると、彼女の両手を絡めて、触れるか触れないぐらいのキスをした。
いつか、自分のものにする。
その時までの、標しを。
今日、初めて三浦ハルが涙を流した。
「ハルは、ツナさんが、好きなんです。好きなんです。」
繰り返す、バカみたいな彼女の呪文。
瞳からあふれ出した涙を気にせず、まっすぐ見つめる、三浦ハルのその瞳を、僕は、やっぱり美しいと思った。
彼女は、走り出した。
もう僕は止めなかった。
走り去っていく彼女の、その後ろ姿を見つめながら、窓に身体をﾄﾞンッと預ける。
もう二度とここに来ないかもしれないな、と思った。
それでも、まっすぐな彼女に触発されたのか、感化されたのか・・・それとも、触れた彼女の唇は毒だったのだろうか。
僕だって、君のことを好きなんだから。
彼女に見習って、不毛なことでも、してみようか。
すんなり思った自分に、彼は、あまり驚かなかった。
END(2009.10.14)
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1万ヒット御礼リクエストより 「雲雀さんが恋を自覚するお話(雲雀さん視点)」 でした。
時間がかかった割には、リクエストにちゃんとお応えできているの？？？って感じの出来ですみません。
リクエスト、ありがとうございましたｖ