桜が舞い散る中に。

気がついたら、そこにいた。

気がつけば、上も下も淡いピンク色に囲まれて、桜の花びらが狂ったように舞い散ってくる中、ぼうっと浮かびあがるように置かれた、ただひとつだけの黒いソファの上にハルは座っていた。
目を細めてハルは、先の方を見ようとしたが、暗くてよく見えない。全体的に何か薄暗く、その中で際立ったピンク色の桜の花びらは次々にハルの前に舞い降りてきて、ハルはそれを目でおう。

今の季節は、確か夏ではなかったですか？
セミがうるさいくらい鳴いていて、白い入道雲が青い空にクッキリと存在感をあらわしていて、大きなヒマワリが太陽を追いかけていて・・・。
不思議に思いながら、ふと横を向けば、いつの間にか、少年がハルの隣に座っていた。

オッドアイの細身の少年。

・・・この方は・・・？誰でしょう・・・・・・骸さん・・・？
・・・・・・骸さん、ですね。
・・・はひ？・・・おかしいです。どうして、この方の名前が判るのでしょう？
ハル、一体いつ、骸さんとお知り合いになったのでしょう・・・？

いつから、この少年を知るようになったのか分からない。
以前から知っていたような気がするし、知らなかったような気がする。

さらに不思議なことに、ハルはいつからこの場所にいるのか、そして自分の横にいる少年が、いつから自分の隣にいるのか、さっぱり分からなかった。
なのに気付けば、さっきから彼はハルのポニーテールを手で梳いては、「・・・ああ、ビロードのように艶やかで、美しい日本少女の黒髪です」と感嘆の声をあげ、ハルの頬に触れては「・・・ああ、この舞い散る桜の花びらのように淡い優しいピンク色に染まり、雪のようにきめ細かく白くて美しい肌です。それにマシュマロのように、ふわふわ柔らかい」と、感動したように瞳をふるわす。
骸の口から紡ぎだされる言葉の数々にハルは、恥ずかしいやら、どうして良いやら、分からなかった。
無遠慮にベタベタ自分に触ってくる少年に対しても、まるで自分の身体が自分のものではないように、あるがまま受け入れている。

そもそも、ここはどこなのか？
ハルは確認しようと、首を右に回す。
「・・クフフ」
ハルの耳元に骸の低い声が落ちてきて、ハルの動きは止まった。

「・・・ねぇハルさん想像できますか・・・？僕とハルさんが抱き合っているところ」
「はっはひ！？な、なにを言っていらっしゃるっ・・・ひあっ！」
うなじに骸の細長い指がふいに這わされて、突然の刺激にハルは弾かれたように立ち上がって骸から離れようとしたが、彼はその前にすばやくハルの腕をガッチリつかんで、背中に手をまわすとハルの小さな身体をその身にすっぽりと収めてしまった。
「あっ、やっ、」
拒否する声をあげようとしたハルの唇に指をのばし、骸はその人差し指で「しー」と制すると、コトンとハルのか細い肩に、その顔を置いて瞳を閉じる。
ハルの首筋からは、ほのかに石鹸の清々しい香りがしてきて、その思った通りの年相応の香りに骸は目を細めた。
そのまま、ぎゅうっと腕に力を入れれば、か弱く脆い身体に、発情しそうになる。

・・・あぁ、もう。・・・でも、まだ・・・。

なま温かい熱を発する少女の身体を、骸は抱き壊したくなる衝動を懸命に抑えた。

「ねぇ・・・想像してみてください、僕とハルさんが口づけしているところ」
骸は優しくささやくと、ゆっくりと顔をハルの正面まで戻して、その唇に顔を近付ける。
「しませんっ！」
ハルは真っ赤になって、急いで両手で骸の口を押さえる・・・
押さえたはずなのに、ハルは目を見開いた。
「ん・・・っ」
ハルの唇には彼の冷たい唇が重ねられていて、彼の閉じられた瞳からこぼれ落ちそうな長い睫毛がすぐそばまで来ていた。
ハルの口内を侵入してくる何かがハルの身体を震えさす。

やだやだやだ・・・どうして？

「・・・ふっ、はぁ・・・っ」
心とは裏腹に、深く深く彼を受け入れている自分がいる。
求められる舌を懸命に絡ませて、熱い吐息をもらしながら、感じている自分がいるなんて。

そんなの嘘です！

ドサッと音がして黒いソファが二人分の重さに歪んだ。
自分にのしかかってくる骸の身体が重いのか、軽いのか、それもよく分からない。
「ふっ・・・はっ 、んんっ」
ただ、身体が横たわったことによって、頭が固定されてしまい、さらに深く深くと求められ絡まされていく舌と、奪われていく空気にハルは、眉間にシワを寄せて、目じりに涙を浮かべながらも受け入れるしかなかった。

何か勝手が違うこの世界で、こんなことが、こんなことって・・・？

「・・・はぁはっ・・・」
やっと解放された唇から繋がれた一筋の糸が空中で途切れていく。
ハルの紅潮した頬は色を落とさず、潤んだ瞳は、ぼぅっと焦点があわない。
骸は、ハルの乱れた前髪を軽く整えながら、ハルの下唇を親指でなぞった。
「・・・やっ」
か細く拒否する声とともに、顔を背けるハル。

「・・・あぁ、なんて・・・」

可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い

脳内にぐるぐる巡る感情と疼く下半身。

ゾクゾクする。

ああ、どうしたら良いのでしょう。この可愛さを。

そんなに可愛い顔で拒否されたら、ますますシたくなってしまうでは、ありませんか・・・。

せっかく、
ガマン、
して、
いたの、に・・・。

骸は顔を背けたまま、まだトロンとしている少女の頬をそっと包み込んで顔を元の位置に戻すと、彼の前髪がハルのおでこに着く距離まで顔を近づけて、ゆっくりと口を開いた。

「・・・ねぇハルさん。想像出来ませんか？
・・・僕とハルさんがセックスするところ」
「やだぁ」
至近距離でオッドアイの瞳にまっすぐに見つめられたまま、ストレートにその行為のことをささやかれて、ハルは真っ赤になって、瞳をギュッととじた。
「やだやだやだやだ、ぜったいにイヤです、いやっ」
「どうしてです？きっと、すごく気持ち良いですよ。」
「ハルは、ハルは、お嫁にいくまでは、そんなことしませんっ！」
「そんなこと言わずに・・・僕に貴女の全てを・・・」
骸の細い指がハルの襟元のリボンに触れると、ハルはびくっと身体を震わせて、両手で骸の身体を押し返そうとして、
簡単にその両手を骸から絡め捕われてしまう。
そのまま、重力に任せられてソファに押しつけられてしまうハルの身体。

「さぁ、ハルさん。貴女は確か・・・ココが弱かったはず」
「ひゃあっ、あ、やっ、あっあぁっ」
吐息をかけられ、耳を甘噛みされて、骸の赤い舌がハルの首筋をなぞっていき、ハルは思わず声をあげてしまう。
「ほら、気持ち良いでしょう？」
「やだやだやだっ！」
「いっ痛いです。ハルさん足っ、・・・暴れないで」
「は、」
固定された両手の代わりにばたつかせていたハルの足がぴたりと止まった。
ハルは目を見開く。
・・・はひ、どうして？
身体が動きません・・・声も出ません・・・。
「いい子です、ハル」
骸は満足そうに、そんなハルの様子を見て微笑むと、行為をはじめようとハルを押さえていた手をハルの胸元に持っていくと、ブラウスの上から緩やかな膨らみをなぞろうとして・・・ピタリと手の動きを止めた。

「・・・・・・ハルさん」
「・・・う、うぅ・・うぅ・・・」
「・・・ハルさん・・・ああ・・・泣かないで、ハルさん。・・・・・・弱りましたね。」
見開いたハルの瞳から、とうとうポロポロと大粒の涙があふれ落ちて、骸は首を傾けて困ったようにハルを見つめる。
「そんなに僕がお嫌いですか？」
「・・・・・・」
「・・・・・・僕は女性に泣かれるのが、いちばん苦手なのです、よ」
骸はゆっくりと人差し指でハルの涙をぬぐうと、瞳を閉じた。
あっ・・・！
ハルの指がぴくんっと動いて、強ばっていた身体が急に軽くなる。
「ハっ、ハル、ハルはっ」
あぁ、声も出せた。
「ハルは、ハルは・・・」
身体と声が自由になった安心感からか、それとも今までの恐怖心からか、ポロポロポロポロ止まらない涙を手の甲で懸命に拭いながら、ハルは切羽詰まって、言葉がうまく続かない。

「泣かないで、ハルさん」
骸は眉間にしわを寄せて、そんな様子のハルを見つめていたが、手を伸ばしてハルの身体を引き起こすと、そのまま自分の胸元にハルの身体を寄せようとした。
「やっ！」
「・・・もう、しませんから」
びくっと身体を震わせて暴れそうになるハルをギュッと両腕に力をこめて抱きしめると、ゆっくりと何度も何度も頭を撫でながら、「もう、しませんから」と骸は優しく繰り返した。
「・・・ほんとう、に？」
ハルの涙にぬれた大きな瞳が、骸を映し出す。
「はい、ただ・・・」
「あっ！やぁっ・・・いたいっ、あぅぅっ！」
いきなりハルの首筋に骸が噛み付いて、強い強い力で吸いあげた。

今日のところは・・・これで。
可愛いハルの白い首筋に、僕の赤い花びらを。

「ひどい・・・ひどいです・・・もう、何もしないって言ったのに・・・」
「すみませんね？ハルさん。だって僕は、いいひと、ではないので、そんなに簡単にハルさんの要求をのめるわけでは、ないのですよ。」
何か言いかけたハルの唇を、再び細い指で「しー」と制するとクフフと面白そうに笑って、そして骸はふっと表情を戻した。

「もう、そろそろ、ですか」
骸の腕の中で、まだぐすぐすと涙目のハルを骸は瞳を細めて見つめる。
「今日は楽しかったですよ、ハルさん」
「ハッ、ハルは楽しくありませんっ！」
「クフフ、クハハッ」
健気にも睨んでくるハルの潤んだ大きな瞳を愛しそうに見つめ返すと、骸はすばやくハルの瞳に唇を寄せた。

「今日はこれでお別れです、Vediamo di nuovo」

囁いた、その言葉が合図だった。
急にハルを抱きしめていた少年の輪郭がサラサラと崩れて、ハルがあっ！と思ったときには、もう目の前には誰もいなかった。黒いソファの上に、ハル１人だけ座っている。

「はひ？ここは、どこなのでしょう？」
目を細めてハルは、先の方を見ようとしたが、暗くてよく見えない。全体的に何か薄暗く、自分がいつの間にか座っている黒いソファ以外、何もないように思われた。
ただただ、大きな桜の木が一本、ハルの背後に立っていて、狂ったように桜の花びらを散らしているだけだった。
「はひ？すごいです！桜の花びらのシャワーみたい・・・」
ハルは、どんどん舞い落ちてくる花びらの、その光景に魅入って、ふっとハルのすべての視界が桜の花びらに覆われた瞬間、足元がグラリと揺らいだ。天地がひっくり返されたような上下わからない感覚、ふいに身体が放り出される浮遊感。
「は、はひ？おち、おちますっ、おちるっ、はひー！！！」

「・・・はひっ」
パッと目の前に入ってきたのは、ハルの部屋の天井。
みーん、みーん、みーん。
外からセミの鳴き声が聞こえる。
急いで身体を起こして、左右を見渡せば、ハルの机やぬいぐるみ、洋服が掛けられている・・・いつもの見慣れたハルの部屋。窓からもれてくる熱気、夏の夕焼け空。
「・・・ハル、いつの間にか眠っちゃっていたのですね・・・」
ポツリと呟くと、まだ少しドキドキする心臓を両手でおさえる。

不思議な夢だった。
夏なのに、空から桜の花びらが、何枚も何枚も舞い落ちてくる。
誰か一緒にいたような気がするけれど、それが誰だったのか、思い出せない。
何か怖い夢だったように思うけれど・・・何も思いだせない。
不思議な夢・・・。

「さて、宿題をしませんと・・・」
気を取り直したように、うーんっと背伸びをすると、ハルはベットから抜け出す。
同時にハラリと一枚、ハルの肩から滑り落ちた淡いピンク色の花びらと、自分の首筋についた赤い花びらに、ハルは気づかなかった。

END(2009.11.14)