蒼いかけらをくれたんです。
その女の子。
あたりは、薄暗い青色で、・・・あ、薄暗くはなかったかも。だって、夜明け前だったような感じを受けましたから。
夜明け前の、まだ太陽があがるまえの、あの独特の青く、透き通るようなブルーの空間の中で。
その女の子は、くれたんです。
黎明の蒼いかけら。

そうして、まっすぐに指をさして。
「あなたの大切な人は、この先にいますよ」
と、教えてくれたんです。

なので、ハルは走って、走って、走って・・・そうしたら。

「・・・そうしたら？」
「ヒバリさんがいたのですよ・・・」

ハルは瞳をちょっとだけ開いて、雲雀の顔が見えると、安心したように顔をゆるめて、雲雀のスーツをちょんっと掴んだ。
「捕まえた」
「ハル？」
「どこにも行かないでくださいね・・・ヒバリさ・・・ん・・・」
また、すぅっと瞳をとじて、その少女は雲雀のひざの上で、再び眠りにおちていってしまった。

「・・・はぁ・・・」
雲雀はため息をついた。
今頃、10年前の僕は、内心、大慌ての頃だ。
そんな様子なんて、おくびにも出さなかったけれど。
中学のころのハルが煙とともに、いきなり消えて、10年後の君が現るのだから。
そして、10年後の君に目を奪われた・・・なんて、口がさけても絶対、言わないけれど。

雲雀は自分のスーツからハルの手をはずそうとしたが、硬く握られたその手は離れなかった。
無理に離そうとすると、起きてしまいそうだったから、腰を少しずらして、ハルを起こさないように楽な姿勢を取るようにする。

10年バズーカー。やっかいな代物だ。
・・・と、雲雀は思う。
こちらへやってきた10年前の彼女は、どうやら意識が混濁してしまったらしく、自分の姿を見かけると、そのままフラフラと倒れてしまった。
どうせなら、このまま夢だと思ってしまったほうがいい。
10年前の君に余計な知識は与えたくない。

「・・・蒼いかけら・・・か」

あの10年前の日々は、今とは別の空間のようだ。
温室のように、目に見えない何か不思議なもので守られている、空間。
きっと、もう掴めない、あの頃の気持ち。
この10年間の中で、得たものもあれば、失ったものもある。
失ったものを惜しいとは思わないけれど、10年前の君の姿を見て、もってきてくれた黎明のかけらは、
僕の瞳を伏せさせるぐらいの効力はあって。
得たものだけを見つめるほど、僕は馬鹿ではないし、失ったものを追いかけるほど、愚かではないけれど。

それでも、思い出す。
いろいろな色のかけらがあった中で、君がもってきた青色のかけら。
あの10年前の、何が起ころうとも楽しくて、可笑しくて、毎日がなにかしらキラキラ輝いて、ときに切なくて、もどかしくて、イライラして、ただ・・・ただ、君だけを見つめているだけの日々だった、あの澄んだ、限りなく透明な青い空間。

雲雀は、ハルの額を触る。前髪をなでる。
「ハル、大好きだよ」
身体を折り曲げて、そっと耳元で囁くと、10年前のあどけない彼女は、にへらと顔をくずした。

ああ、変わらないな・・・と思う。

さぁ、もうすぐ５分経って。
彼女が帰ってくる。
そうして、言うんだ。
「10年前の恭弥さん、10年後のハルに見惚れてましたよ」
だから、僕は言うんだ。
「10年前の僕に見惚れていたのは、君でしょ」

雲雀は少し微笑んだ。
帰っておいで、愛する君。
そうして、またいつか、10年前の愛しい君。

END(2010.03.14)