わぁぁぁぁぁと熱気ただよう大きな歓声の中、私たち３人はリングに上がって、私を中心に了平と向き合う。
「ほらっ、花」
「花ちゃん」
小声で囁かれて軽く背中を押されれば、もう、すぐ目の前に了平が。
「・・・りょ、りょうへ「花」」
私の震えるうわずる声を遮って、彼は私の名を呼んだ。
「な、なに？」
「結婚してくれ」
「は？」
私が認識するより早く「お兄ちゃん！」「はひー！プロポーズですぅ！」京子とハルが驚いて、嬉しそうに叫んだ。
わぁ！と更に歓声と拍手が大きくなって、私は、というと。
「―っう、あ、ご・・・ごめんなさいっ！！」
信じられないことに、それだけを大声で叫んで、花束を京子に押し付けて、リングから逃げ出してしまっていた。
・・・なにごと、私？
私、どうしちゃったの？
--- アマノジャク・タイフーン ----
もう、どこをどう走ったのか、分からなくて。
後ろからハルが「花ちゃん！待ってください！花ちゃー」と呼び止める声が聞こえていたような気もしたけれど、それでも私は止まらなかった・・・足がもつれて倒れちゃうまでは。
ドタンと見事に顔からダイブして、なんとか顔だけは死守出来たと思うけど、そのまま身体は起き上がることは出来なくて。
「うぅ・・・」
むなしく漏れる声。
気がつくと頬がスースーしていた。あれ？目から水が流れ落ちてくる。
ああ、何故？私に泣く資格などないのに。
泣きたいのは、あんなに頑張って、やっと勝ち取った名誉な場所で、恋人にプロポーズして、その恋人に大観衆の前で逃げ出された了平のほうなのに。
「うぇっ、えぇっ」
それなのに嗚咽が漏れて、止まらない涙。ぐちゃぐちゃな意味不明な私。
自分に心底、嫌気がさしてこのまま消えてしまいたい！と思ったときに「花ちゃん」いつもの見知った彼女の、走って追いかけてきてくれたのだろう、息があがった声が頭上から響いて、続けて、ふわぁっと温かい手が私の頭に触れた。
「花ちゃん、大丈夫ですか？」
「・・・ハル」
「花ちゃん、立てますか？」
「うん、大丈夫・・・」
ひとつひとつ子供に確認するように、ゆっくりと優しく声をかけてくれるハルは、立ち上がるのにも手を添えてくれた。
「了平さんは京子ちゃんが着いていらっしゃるので大丈夫ですよ。」
「・・・っ！」
その単語がでて、ビクッとした私の背中をぽんっと触れてハルは続ける。
「あのあとも了平さん、いつもの了平さんでしたから。
「また、チャレンジしてやるー！待ってろよ、花！」「もう、お兄ちゃんったら。頑張ってね」「おう！」とか２人で言っていて。
だから大丈夫ですよ」
にっこりして続けるハル。
「・・・そう」
言いたいことは沢山あるし、聞きたいことも沢山あるのに、私はそれしか言葉が発せられない。
ヨロヨロとハルに促されるまま歩いて、公園のベンチに座る。
ハルが缶コーヒーを買ってきてくれて、一口飲んで、ほっとして、また知らずに涙が溢れてきて、ハルは何も言わず、ただ一緒に座っていてくれた。
「・・・恐かったの、私」
「はひ？」
いつの間に、世界の温度は０度に変わったのだろうか、ふわりと白いものが目の前に舞い落ちてきたのをぼうっと見つめながら、急に冷たくなった空気にすんっと鼻をすすって、隣に座っていてくれる人の温かさに少しずつ心が落ち着いてきて私は言葉を紡ぐ。
「・・・私、本当は予感していたの。了平は今回の試合に絶対に勝つから、きっと、そうなって、もしプロポーズされたら受けようって。受けたいって思っていたのよ」
「・・・だけどね、逃げちゃた。自分でもよく分からないけど、足が勝手に・・・。私、恐かったのかも」
「・・・花ちゃん」
いつの間にか、本当に何時の間にか、はまってしまった恋だの愛だのは、恋愛は任せておいて！私ってば絶対、上手い具合に恋愛をリードしてみせるし、コントロールしてみせるんだから！と、思い込んでいた私を、本当にとんだ思い違いをしていただけ、だったことを思い知らせる。
・・・相手は了平だけ限定で。
彼の前だけ上手く出来なくて、彼の前だけ自分のコントロールがきかない。
本当は気づいていた。実際の私。
本当は恋に不器用で、臆病で、素直に彼の気持ちに応えられない、天邪鬼な私。
了平を好きになればなるほど、大好きになればなるほど、失敗することが怖くて、上手く出来なくなるんじゃないかって怖くて、もがいて、勝手に予防線を張っちゃって、今の幸せが、いつか私が上手く出来なかったせいで、なくなっちゃうかもしれないのが怖くて、いつか了平から飽きられるんじゃないかって、怖くて。
了平はそんな人じゃないこと、知っているはずなのに、上手く出来ない。上手く立ち回れない。
私に意味不明な行動をとらせたり、本心とは違うのに、本当はこうしたいのに、分かっているのに違う方向にいってみたり、ぐるりと遠回りしてみたり、ストレートにいかない、素直にさせてくれない。上手くできない。天邪鬼ぶりの発揮が知れない。
了平はそんな私を呆れることなく、辛抱強く、待っていてくれる人だったのに。
「ハル。ハル、私、私・・・なんてこと、してしまったの・・・」
「花ちゃん・・・」
今さらになって、私は自分が仕出かしたことの重大さに気づいてしまった。
「ど・・・どうしよう、ハル。わ、わたし、あんな素晴らしい名誉な場所で、彼に恥をかかせて・・・
どうしよう、ハル、私、了平に申し訳ないよ・・・」
「・・・花ちゃん。ねぇ、花ちゃん。ハルに教えてくれませんか？花ちゃんは、今、いちばんに何をしたいですか？」
「え？」
「了平さんに申し訳ないとか、怖いとか、あるかもですが・・・それはひとまず置いておいて。
いま、花ちゃんが心に思う、一番にしたいことは何ですか？」
「私は・・・」
私はハルをまっすぐに見つめた。
私がいちばんにしたいこと・・・。
了平に会いたい。
あんなこと、しちゃって、怖いよ、もう会いたくない、逃げたい・・・。
ううん、違う、違うよ。
私は、了平に、私は会いたい。
会って、謝りたい。
こんな私、もう嫌かもしれないけど。
もうプロポーズなんてしてくれない、愛想も尽かされちゃう、かもだけど。
でも、でもね、私、私は・・・。
「・・・ハル、私・・・」
「はい、花ちゃん」
「私、了平に会いたいよ。会って謝りたいよ」
私はもう止まらなくて仕方がなくなった涙に、両手で顔を覆って、あふれでる思いを吐き出した。
「了平、了平、ごめんね、ごめんなさい・・・」
「謝る必要はないぞ、花」
「えっ？」
心臓が鳴った、ドキリと。
「りょ・・・りょうへい・・・」
「ごめんな、花、あんな大勢の場所でプロポーズしちゃって、花を混乱させて嫌な気持ちにさせてしまったな」
現れた彼が、チャンピオンになった瞬間の顔も身体もグシャグシャなボロボロなまま現れて、あのあと、すぐに
私を追ってきてくれたことが分かってしまって、続けざまに思ってもみなかった言葉をかけられて、私はまた
グスグスと泣き出してしまった。
「りょうへい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
それしか言えない私の腕を彼はぐいっと引き寄せて、彼は私を腕の中に囲んだ。
了平のたくましい胸が、とくんとくんと響く心臓の音が、守るように、私の頭をなでてくれる、その大きな手が
しぐさが温かくて、優しくて、私はもう切なくて、どうしようもなくなった。
「私、私ね、了平が大好き、大好きなの。私のこと見捨てないで」
あとから思い出すと、本当に恥ずかしいことを言っていて、穴があったら入りたい、ってこんな気持ちなのね・・・って思ったのだけど・・・でも、今、思っても心からすべりだした素直な私の言葉だった。だって、了平と離れたら、きっと生きていけない。
了平はくしゃりと笑った気がした。彼の胸のなかに顔をうずめていた私は、彼の表情は見えなかったけれど。
中学の頃から変わらない、くしゃりと笑うと下がるまなじり。
出会った中学のころに、私が大好きになった、彼の笑顔。
「・・・花、俺はな、お前が大好きなんだ。そして俺は我が侭でしつこい男だから、花が嫌だって言っても、逃げ出しても、追いかけて、捕まえて、離さない」
「了平・・・」
私は顔をあげて、彼を見つめた。
了平も私を見つめている。
「りょうへ・・・」
「・・・ところで、もう僕たち行っても良いかな？」
「きゃーっ！！！」
「おいっ、花っ」
ドンッと了平の胸を反射的に両手で押し返して、かーっと上昇する顔を感じながら声がしたほうに急いで目を向けると、
漆黒の長身の男とハルが目に映った。
「もう、恭弥さん、邪魔しちゃあ、ダメですよ」
「・・・うるさい」
たしなめるハルに、聞き慣れない低ボイスが、それも不機嫌に満ち満ちた声が応えて、そこで始めて私は、その漆黒の男・・・雲雀恭弥がいつの間にか、そばに居たことに気がついた。
あまり私たちの前に姿を現さない雲雀恭弥の、久しぶりに見せたその顔は、以前、出会った数ヶ月前より、一層、瞳はするどく、私と了平を睨みつけていた。
ムスッと口を一文字に結び、眉間にしわが濃く寄っている。
あからさまにどす黒いオーラを漂わせているくせに、その手はハルの肩をしっかり抱いていて、彼女を彼のそばにぴったりと引き寄せていたから、私はびっくりした。
中学のときから彼の噂や性格を聞き及んでいた私は、あの雲雀が人前でここまではっきりと、ハル抱き寄せていたことに驚いた。
冷たく雪が積もっていたであろう彼女の頭にすでに雪はない。彼が払いのけたのか・・・彼女が置いてきてしまったコートのせいで冷たくなっていただろうハルの身体には、雲雀が持ってきたのか、すでに彼女の身体におさまっていた。
それでも飽き足らないのか、男性もの（たぶん雲雀のであろう）のコートがその上に更にかけられていた。
「笹川了平、あまりハルに無茶をさせないで・・・」
「ああ、すまなかったな、ヒバリ、ハル」
「ごっ、ごめんね、ハル」
了平の言葉に、私もあわてて、謝罪の言葉をのせる。
「はひっ！とんでもないですよ、謝らないで、お二方とも・・・。恭弥さんも心配しすぎですよ、ハルは大丈夫ですから」
「・・・君のそういう能天気なところが僕は嫌いだよ、ハル。君だけの身体じゃないことをちゃんと認識して」
「・・・はい、ごめんなさい、恭弥さん・・・」
さっきまで雲雀をたしなめていたハルが、今度の雲雀の言葉には、申し訳なさそうに顔をしゅんとさせて、素直な言葉を返す、二人のやり取りを聞いていて、私はぴんっ！と思い立ってしまった。
思わず瞳を大きくさせて、はじかれたようにハルを見つめる。
「えっ？ハル、えっ？・・・もしかして」
「・・・４ヶ月なんです」
照れたように、はにかんでハルが告げる。
「ばっ・・・バカっ！ハルっ、あんた、それなのに、走ったりして・・・！いやっ、あたしのせい、だけどっ。
それでも、それでも・・・あんたって、本当に・・・お人よしのバカなんだからっ」
「はひっ！花ちゃん、ひどいですっ」
じわりと浮かんでくる涙をぐいっと拭き取って、ハルを見つめた私とぷくぅっと頬を膨らませたハルは、一拍の間、「はははっ」「くすすっ」と笑いあった。
ああ、もう、本当にこの子は・・・。
「ハル、おめでとう。こんな無理させた私がいうのも何だけど・・・身体、大切にしてね」
「ありがとうございます。花ちゃん。大丈夫ですよ。恭弥さんもいらっしゃいますし、ね」
上目遣いで、隣にいる雲雀をハルが見つめると、さっきまであんなに険しく凶暴な瞳をしていた男が、一瞬、ゆらりと表情を変えたから、見逃さなかった私は「ああ、もうハルってば、最強なんだから」と内心、ほくそ笑む。
「・・・ん、なんだ、４ヶ月ってどういうことだ、花、え？ハルがどうかしたのか？」
「・・・了平、あんた・・・」
「ぷっ、くすくす、もうっ相変わらずの了平さん、ですね」
「・・・はぁ、くだらない」
ひとり、きょとんとした了平の言葉に、私たちは三者三様の言葉を投げ掛けたのだった。
ＥＮＤ（2012.12.23)
あれから、私は、というと。
相変わらずの天邪鬼は、変わらないと思うのだけど。
了平は、そんな私を凌駕してくれるから、きっと、大丈夫。
「なぁ、花、結婚式、あげるぞ」
「・・・いやよ、そんな恥ずかしいこと」
「恥ずかしくないぞ、みんなの前で愛を誓い合うことが、何が恥ずかしいのだ」
「それが嫌なのよっ」
「・・・俺は、花のウェディング姿、見たいぞ、駄目か、花」
「・・・・・・・・・・・・・」
・・・もうっ、その、子犬のような目、反則。
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花ちゃんの恋物語でした。以前の花ちゃんのお話（「HEART PLACE」）は、花 → 了平 → イーピン だったのですが、公式が了花になったので、了花を書いてみました。
花ちゃんは大人っぽくて、恋愛もうまく出来そうだけど、本当に好きなひとに対しては不器用で臆病で、つい天邪鬼な態度をとってしまって自己嫌悪におちいっちゃって、ひそかに恋に素直な京子ちゃんやストレートなハルを尊敬していたり・・・、でも、そんな花ちゃんを、お兄さんはちゃんと解っていて受け止めていて・・・と思いながら、書いてみました。
了花話でも、ヒバハルは通常運転なところは、ほら、いつものとおりの青海で・・・（笑）
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