あの黒檀みたいに澄んだような潔い真っ黒な瞳。なのに光にさらされて淡く紫色が混じるところが、際限なく綺麗で。
まぁるくて、手ですくと、とまる余地なんてないって分かりきっているほど、サラサラで柔らかい質の良い感触、手触り。
すらっと伸びた手は、まだ大きくもないけれど、自分を守るには絶対的に誰にも負けなくて。でも他人を守ることも彼にはできるはず、そして誰にも負けない自負と誇りを持っている。
傍若無人に無造作に伸ばされた足は、お昼休みのほんの一眠りのひとときには、ポカポカ陽気に誘われて、くにって曲げられる。
はひ〜！！！プリティですっ！！！
色々、彼女の脳内で言葉のお花畑が広がっていたとしても彼には、その言葉が一番よく似合うとハルは思っている。
新体操の親善試合で並盛中を訪れた彼女が彼を始めて見かけた瞬間、三浦ハルの身体に衝撃が走った。
はっはひ、ちょ、ちょっと待ってください。な・・・何ですか？あのプリティなお姿は。
は・・・ハルのハート、ぬっ盗まれちゃいましたぁ！！！
いつものテンションに、さらに拍車がかかって、ハルの心の中は台風のように、びゅーびゅー風が吹いた。
行動力はあるほうだ。・・・ありすぎるほどに。
彼女は追い風にのって、一直線に行動を開始した。
並盛中の屋上。
冬にしては、陽がよく照っていて暖かく、これが続いてしまうと、せっかちな桜の蕾みが開いてしまいそうだ。
そんな感じのおかしな気象は「異常気象」だなんて言われても、ハルにとってはチャンス到来！ターゲットがお昼休みに屋上で一眠りする、そのときこそ、じっと彼をもっとより近くで見つめるチャンス、あわよくば、お近づきになって、今まで遠目でしか見れなくて、触れられなかった日々にグッバイするチャンスなのだ。
そろそろそろと爪先立ちでタタタとターゲットに近づく。そうやって息を殺しつつ、ジリジリと。やっと覗きこめる位置まで辿り着いてホッとしたのもつかの間。
はひっ！仲良くなりたいのでしたら、ハルも同じ目線にならなくっちゃ・・・！
急いで彼のすぐ隣でコロリとハルは寝転がった。そうして、ゆっくりと頭を横にする。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
はひー！！！
プリティですっ！プリティですっ！プリティですっ！
今までにないほど接近して、隣に来れたという事実、至近距離の彼に、ドクドクする心臓、叫びだしそうになる口を両手で抑えて、すぅ・・・はぁ・・・と一呼吸。落ち着いて、落ち着いて・・・と。
「・・・こんにちは、私は三浦ハルと申します。あなたのお名前は何ていうのですか・・・？」
「・・・・・・名前はないよ」
じっと待っていたら、彼がうずもれていた黒い頭の主から、低く返答があった。
その視線に気づいたのはかなり前からだったが、その視線の持ち主を雲雀恭弥が認識したのは、ごく最近だった。
もっとも、その視線が向けられた先が自分ではなかったので、チラチラ雲雀の視界に彼女が入ってきても、彼としては、転がっている小石と変わりなかったのだが。
だが、さすがに最初は遠慮してなのか、遠くから見つめてくる日々だったが、だんだん様々な衣装や着ぐるみをきて、大胆にも近づいてこられて「はひっ」だの「はひーっ！プリティなバードさんですっ」だの「ああ・・・ハルのフレンドになってくれたら、エブリディきっとハッピーです！」だの、大声をあげられては（本人は自分の騒がしさには気がついていないのだから、どういう神経なのか、むしろ感心する）彼だって、さすがに小石から大石くらいには認識する。
彼の彼女に対する最初の印象は『クレイジー』
何にせよ、屋形船になって「どんぶらこ」と近づいてこられたり、ナマハゲになって「悪い子はいねか？」と近づいてこられたり、今までの人間とは明らかに違う行動パターンに彼はそれしか思い浮かばなかった。
ただ、風紀の学ランをいつの間にか仕入れて、彼女が学ランを着ているのを見たときには「いいかもね」と数ミクロン思ったことは彼にしてみれば意外だったが。
そんなこんなで三ヶ月間。本日、彼女はやってきたわけだ。
・・・行動力がありすぎる割には遅すぎ。
彼がそう思ったことも、彼にとっては意外だった。
「はひっ？お名前はないのですか？それは・・・」
「なに？」
茶色がかったアーモンドの瞳がじっとするどい黒い瞳を見つめる。
雲雀の黒い虹彩が光にさらされて、紫色に透けて揺れているのを彼女は見つけた。見つめて、黄色い小鳥さんと同じだと初めて気づいた。
「・・・それは、色々と困りませんか？呼ぶとき、とか」
「別に困らない。呼ばなくっても勝手に寄ってくるし」
「ええっ？それって、すごいですっ！羨ましいですっ！いいなぁ、飼い主さんの特権ですねっ！」
ハルが頬を桃色に染めて、いいなぁ・・・と、つぶやく。
そんなハルを雲雀は冷ややかな目で見ながら
「・・・別に僕はこの子の飼い主じゃないし」
「はひっ！？それって、どういうことですか・・・はっ、まさか・・・」
「・・・・・・」
・・・説明するのも面倒くさくなり、沈黙していた雲雀に大きなつり目がちな瞳をさらに大きくクリクリさせて、ハルは雲雀に身体を乗り出してきた。
「・・・っ！ちょっと、近寄らないで」
「雲雀さんってば、照れていらっしゃるのですか？」
「は？」
雲雀の警告をハルは完全に無視して、そのまま笑顔で言葉を続ける。
「大丈夫ですよぅ！並盛最凶最悪の不良さんがスモールバードちゃんを飼っていたとしても、ぜんぜん恥じることはありません！むしろ、そのギャップが良いっ！いまどきの萌えって感じですよっ！ですから安心して、飼い主さんをしてあげてくださいっ！」
「・・・・・・・・・・・・」
そんなことを満面の笑顔で語られて、絶句してしまった雲雀の様子を察することなくハルは、ほぅっと息を吐いて、言葉を続ける。
「雲雀さんはいいなぁ、こんなにプリティなバードちゃんと、いつも一緒にいられて・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・雲雀さん？」
反応がない雲雀をやっと、いぶかしがって名前を呼んで見やると「・・・ああ」と答えがあった。
「・・・だったら君がこの子の飼い主をすればいい」
「はひっ！いいんですかっ？」
瞳をきらめかせて、ぱぁっと表情が華やいだハルだったが、次の瞬間には、しおしおと萎れて「それはダメです」と、残念そうに呟いた。
「ペットの幸せは、大好きな飼い主さんとずっと一緒にいることです。ハルのエゴだけで、スモールバードちゃんと雲雀さんのベリーハッピーな仲を引き裂くようなことは出来ません！」
「・・・ああ、そう・・・」
感情のこもっていない相づちを適当にうつと「そうですよっ！」と握りこぶしを作ったハルの力強い返答が返ってきた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・それで、あの」
「・・・なに？」
握りこぶしの小さな手をハルは自分のスカートの上に降ろして、チョコレート色の瞳をキョロキョロ左右に動かして、言いにくそうに口をモゴモゴしだした。
「・・・あの、その代わりと言っては・・・何なのですが・・・」
「えと、その・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・あの」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・雲雀さん？」
「だから、なに？」
さっきまでと打って変わって、なかなか話を進めないハルに、不機嫌そうに早口で次の言葉を促すと、ハルは決意したように一気に吐き出した。
「ハルにスモールバードちゃんのお世話をさせていただけませんでしょうかっ！！」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・あの・・・雲雀さん？・・・いかがでしょうか・・・？」
恐る恐るもう一度、小声で聞かれた許可の要請に雲雀は一泊おいて「・・・いいよ」と表情を変えず、答えた。
結果的に雲雀のわずらわしさは、それまで以上に異常に膨れ上がり、草壁の仕事も減るどころか異常に増えてしまった。
「うわぁぁぁいっ！！！」
「！」
ハルは座ったままの状態で、ぴょんっと立ち上がって、そのままタタタと走り出したかと思えば、ばばっと側転をしだして、また「わぁい！やったーっ！」っと、くるくる回りだした。
スカートの裾がヒラヒラと舞い上がって、スラリとした引き締まったふくらはぎの上にある白い太ももが見えて、さっきの側転でチラリと見えてしまった、見えてはいけない白いものが目に入ってしまって、その突飛な行動に呆気にとられて雲雀はまた絶句した。
そのままハルは笑顔で雲雀に駆け寄ってくると、ガシッと手をつかみ、ブンブンと上下にふりまくる。
「ありがとうございますっ、ありがとうございますっ！ハル、嬉しいですっ！
雲雀さんっ！ハル、誠心誠意をこめて、スモールバードちゃんのお世話させていただきますねっ！」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・雲雀さん？」
「・・・手、やめて、離して」
「はひっ！すみません」
ハルはぱっと雲雀の手を離すと、すとんと雲雀の隣に座る。
そうして「ふふふっ」と笑って
「・・・雲雀さんって、」
「・・・・・・・・・・・・」
無言で眉間にシワをよせて睨んでやったのに
「やっぱり、優しい方ですね。ハルの思っていたとおりの方でした！」
「は？」
「これから、よろしくお願いしますね。雲雀さん、スモールバードちゃん！」
生まれてこのかた、初めて聞いただろう「優しい方」という予測不可能な言葉に、三度目の絶句状態となった雲雀の様子にやっぱり気づかないハル、肩にとまっていた小鳥が、主人の代わりに「ぴっ！」と鳴いたのだった。
それから、「スモールバードちゃん」から「ヒバードちゃん」にいつの間にか名前がつけられて、「雲雀さん」から「ヒバリさん」になって、雲雀が気紛れにボックスから出したハリネズミにハルが大興奮して、丸まってプリティですから、ロールちゃんです、と呼び名をつけだしてからも、雲雀の後悔は続いていたが、ひとつだけ良かった点がある。
三浦ハルが来ると、退屈しない。
それだけが彼の救いである。
END(2013.2.22)