-----　ソメイヨシノな春　-----

「はひぃ〜」
「ほら、ちゃんと歩いて」

ひらひら舞うソメイヨシノの花びらが２人が歩く春の夜に彩りを添える。
あんなに固そうだった蕾も少しずつ膨らんで暦が変わり４月になるとぽつぽつ開き始め、今では満開になり、見るひとの目を楽しませる。
並盛の桜並木。大なく、小なく、並な桜並木。
並盛に暮らす人々は、みんなこの桜並木が大好きだ。
この２人も例外ではないはずなのだが、彼女は危なっかしい足取りで彼の腕にふにゃふにゃと絡みついては、満面の笑みで、「えへへ〜ヒバリさん、桜、きれいですね〜」と舌たらずな口調で喋って、彼はイソギンチャクみたいにぎゅうぎゅう絡み付いてくる彼女の身体をどうにか自立させようとして、結局、無理だと分かると、なすがままにさせてはいる・・・が、その眉間には、一生とれなさそうな深いシワが寄せられていて、あからさまに機嫌悪く声のトーンをさげ、「それ、さっきも聞いた」と、ため息まじりに息を吐く。

ああ、酔っぱらいの相手なんて、するものじゃない。

満開のソメイヨシノが緩やかな風にゆれるたび、薄紅色の花びらがはらはら舞い降りてくるなか、雲雀は彼にしては珍しく舌打ちをした。

そもそも新歓コンパなどという草食動物の群れなどに参加させるべきじゃなかった。

そもそもサークルなどに入部させるべきじゃなかった。

雲雀の記憶は、２週間前にさかのぼる。

そこは群れるのが嫌いな雲雀が唯一、ハルと一緒に入ってくれる隠れ家的な喫茶店で、寡黙なマスターとウォータードリップでじっくりと時間をかけて入れられるコーヒーは本格的で、コーヒーが若干苦手なハルでも美味しいって思える味わいで、さらにハル好みのケーキもあるので、並盛の中でもふたりでお気に入りなお店となっていた。
ガラス窓がステンドグラスになっていて外からの視線にさらされないのも、木の香りがするクラシックで落ち着いた内装で
あるのも雲雀とハルにとって居心地が良い場所である。

「ハル、大学のサークルで新体操部に入ったのですけど」
「・・・は？」

そんなまったりとしていた中、ハルのひとことに黒いスーツを身にまとった雲雀は、優雅な手つきでコーヒーカップを
口に付けようとして、動きをとめた。

「それでですね、来週の金曜日は新歓コンパに行って来ます」
「・・・・・・・・・」
「恭弥さん？」
「・・・・・・・・・」
「恭弥さん、聞いてます？」
「・・・君、大学生になってまで、新体操、続けるの？」

やっと口を開いた雲雀の様子に気づくことなくハルは満面の笑みでうなずく。

「はいっ！今まで続けてきましたし、ハル、こう見えても新体操界の期待の星、なのですよ！」
「・・・そう」

それは知ってる。
彼女は類い稀なる運動神経に恵まれて、でもそれに甘んじることなく、中学時代から日々の練習を欠かさないで、努力を続けてきた。
彼女の演技が素晴らしいことも、新体操にかける真摯さも知っている。
・・・それに群がる男たちも。
雲雀はそんな輩を彼女の知らないところですべて咬み殺してきていたが、それを大学まで続けることになろうとは・・・眩暈がした。

「なので、金曜日は遅くなりますので・・・あ、でも恭弥さんのマンションへはお邪魔しに行っちゃっても・・・いいでしょうか？」

ハルは頬を染めて、もじもじしながら視線を自分の指におとす。
雲雀のマンションへの週末のお泊りは、雲雀とハルの中での暗黙の了解での約束事になっているとはいえ、お邪魔する時間が遅くなってしまう身として遠慮がちになってしまうのは、ハルの性格からであろう。

「・・・それは別に構わない、けど・・・」
「はひ？」

歯切れの悪い雲雀にハルは不思議そうに顔をあげた。

「どうかされましたか？」
「・・・いや、別に・・・」
「やっぱり、ハル、帰りましょうか？」

歯切れの悪さを別の意味に捉えて不安げに見つめるハルに、「構わないって言ってる、気にしなくていい」と雲雀は一息にそう言うと、止まっていた手を動かし、コーヒーに口をつけた。
その様子を見て、やっと安心したハルは、イチゴのタルトケーキを一口、口に入れて「はひーっ！ベリーデリシャスですっ！」と雲雀の表情とは反対に、幸せそうに表情をにんまりとさせると、また一口、口に含ませた。

「えへへ〜ヒバリさん、桜、きれいですね〜」
桜並木は過ぎたというのに、彼女がまた同じようなことを繰り返し言う。
「・・・もう、桜並木は過ぎたよ」
「過ぎた桜並木、綺麗だったですねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ああいえばこういう酔っ払いに何を言っても時間の無駄だ、とばかり沈黙した雲雀の様子に気がつかないハルは、えへへ〜と、さらに間抜けな笑いを雲雀に投げ掛けた。

「ヒバリさん、ヒバリさん、抱っこしてくださぁい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ああ、どうしてくれよう、この酔っ払い！

ほとほとブチ切れる寸前の感情を、長年鍛え上げられた強靭な精神で抑えこんで、彼は結局、彼女の言うとおりにしてやった。

「はひぃっ、ヒバリさんったら、どこ触ってるんですかぁ、えっち」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

彼は彼女を放り投げる川を探して、やはり周辺にはないことを悟ると絶望的なため息をついた。

「・・・ねぇ、さっきから呼び名が中学時代に戻ってるけど、君、気がついてる？」

それだけを言うと、彼女からの返事はない。
代わりにすぅすぅ、安らかな寝息が聞こえてきて、彼はまたひとつため息を吐いた。

あぁ、もう一層のこと、どこかに捨てていこうか、置いていこうか。

それが出来れば苦労はしない。
知っているからこそ、ただただ、腹ただしくて仕方がない。
自分がどれだけ彼女に甘いのか、年月が経った今、改めて思い知らされる。
それでも手放せない。

あぁ、もう・・・。

明日の夜は、覚悟しておきなよ

彼はそのときを思うと、少し溜飲を下げて、春の夜の下、ハルの額に自分の唇を寄せた。

END(2013.4.22)

「・・・あぁ、恐かった・・・」
「あんたが悪いんでしょ、勝手について来て」
「だから、言ったでしょ、ハルはやめといたほうがいいって」

ビール瓶が何本か転がっていて、パステルカラーのチュウハイやカクテルが入った氷が溶け出している中、茶髪の見るからにチャラい男性に、女性たちは次々に非難めいた声をかける。

「雲雀恭弥と三浦ハル・・・並盛大でこの二人を知らないなんて、外部から来た人間だけだよ。だから、忠告したのに、私たち知らないわよ」
「だって、ハルちゃん可愛かったし、スタイル良いし、尽くしてくれそうだし」
「・・・あんた、それ公言しないほうが良いわよ・・・命が惜しいのならね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

震えるような声で口々に忠告されて、さすがに男は口をつぐんだ。

ヒバリキョウヤ

彼は、さきほどの男を思い出した。

なかなか相手をしてくれないハルに焦れて、お酒を飲ませて、さぁ、これから・・・というときに現れた男。

「三浦ハル、帰るよ」

酔いが回ってきたハルがしきりに「恭弥さんに怒られますから、これ以上は・・・」と言っていた『キョウヤサン』が突然、新歓コンパの場に現れて、その絶対零度の声音に彼を知る人々は凍りついたが、彼を知らない彼にとっては、この人物がみんなから畏怖されている『ヒバリキョウヤ』とは、最初は結びつかなかった。

そんなに怖いかぁ？

彼は無遠慮にじろじろと値踏みする。
身長はそれなりにあるが、上から下まで黒で統一された姿が一層、肌の色白さを際立たせて華奢に見えた。
加えて、切れ長な瞳にさらさらな髪質、綺麗な顔立ち。
女装したら、似合いそうだな。
見た目でそんなことまで思う。だが。

「はひぃ、あれ？恭弥さん？」
「・・・君、だらしないね」

それだけを言って、ハルを引っ張りあげたときに、そばにいた自分と雲雀の目がかち合った。
「ひっ・・・」
喉の奥から自然に声があがり、ガタガタと体は震え上がった。


「俺、明日から生きていられるかな・・・？」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
その声に応えられたものは、その場に誰も居なく、どこからともなく

ご愁傷様。

という声が聞こえてきたのは、彼の気のせいだけではないだろう。