時間は、草木も眠る丑三つ時。
場所は、並盛町からちょっと離れた温泉地。
目の前には、露天風呂。
ハルは、ブルッと身体を震わせた。
ツンとした、夜独特の冷たい空気が、掛け湯をしたあとのほんのり濡れたハルのバスタオル一枚の身体を冷やしていく。
しかし、もうすぐ、目の前のモクモクと湯気をかもしだしている、いかにも熱そうな、乳白色のお湯に入れるのかと思うと、この冷たさも有難い、というものだ。
誰もいない露天風呂。
満天の星空を見ながら、こころゆくまで、ゆったりと入れたら、さぞ気持ち良いだろう。
それに・・・。
ハルは、ニンマリした。
ひとしきり、冷えた身体を温めたあと。
「それでは・・・やらせていただきます！」
ハルは、かしこまって、ひとこと宣言すると、バチャバチャとクロールをしはじめた。
バチャバチャバチャ・・・２回、３回、４回、５回、腕をかき回した後、そっと着地する。
「・・・はひ！いっかい、やって見たかったんです！」
小さく「願いが叶っちゃいました」とつぶやいて、「えへへ」と顔をお湯に沈めて微笑んだ。
さすがに、温泉で泳ぐともなると、京子やビアンキの前では、出来ない。
『温泉では、泳いではいけません』
わざわざ、注意書きにしてあるところもある。イーピンやランボの手前もあるし、何より子供じみたことだし・・・。
だから、ハルは誰もいないであろう、深夜の時間帯を選んだ。
そっと部屋から抜け出し「こんな時間なら誰もいないですよね」とつぶやきながら、ドキドキしながら来て見たら、案の定、誰もいなくて、ハルの目論みは見事に成功したのだった。
せっかくだから・・・と、ハルは仰向けに寝て、側面の石を足でけった。
スーッとハルの身体はお湯のうえにちょうど良く載って、ゆっくりと進んでいく。
目の前に、きれいな小さな星がいっぱい輝いていた。
「はひ・・・綺麗です・・・」
身体が浮力に負けて沈みかけたので、足をつく。
「もう一回」
ハルは、そっとザラザラした底面を足でける。
また、ハルの身体はスーッとお湯のうえをゆっくりと進んでいって、もう一度、それを繰り返したとき。
こつん。
頭に何かが当たった、と思ったら、予期せぬ障害物に、頭の方から浮力が失われて、お湯の中に沈んでしまった。
「・・・んーっ、ぷはぁ！」
お湯から顔を出して一呼吸。
一体、何にぶつかったんだろう。
お風呂の端に着いちゃったかな。
でも、この温泉、そんなに小さかったですっけ？
不思議に思いながら、目の前を見直したとき。
ハルは、自分の目を疑った。
もくもくの湯気の中。
そこには、人型のシルエット。
黒い髪をもつ、黒い瞳をした、スラリとした体型で。
その顔には、確かに見覚えがあった。
「ひっ！」
「ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ・・・」
「ヒバリさんっ！！！！！！！！」
目の前に、自分の目の前に、雲雀恭弥がいる。
え？はひ？ホワイ？
なぜ？どうして？
ホワイ？ホワイ？ホワイ・・・？
自分の目の前の事実に思考がついていけなくて、ハルは、ぴしっと固まって口だけをパクパクさせていたが、声にはならなかった。
そんな様子のハルに雲雀は一瞬、目を大きく見開いたが、それ以上は変化を見せることなく
「・・・どうして、君がここにいるんだい？」
「・・・・・・・はひ」
やっと、パクパクしていた唇から、いつもの口癖が発せられると
「ヒバリさんっ！なんで、ここにいるんですかっ？なんで、裸なんですかっ？」
一気にまくしたてた。
「・・・何でって・・・」
雲雀は眉間にシワを寄せる。
「ここは温泉で露天風呂だし・・・お風呂は、裸で入るものじゃないの？」
はだか。
彼の口から、その単語が飛び出したとき、ハルは自分でも言っておきながら、いまさらながら、自分の格好を認識した。
そして、彼の格好も。
「はっ、はひぃ・・・ぶふっ！？」
「叫ばないで。うるさい。」
衝動的に叫びだそうとした、ハルを雲雀はすばやく察知して彼女の口を片手でふさいだ。
(はっはひっ！からだっ、からだが近いですー！)
ハルは、自分の口が彼の大きな手によってふさがれていることより、触れるか触れないかぐらいのところにまで彼の裸体が近寄ってきているのを感じて、死にそうになった。
恥ずかしすぎて、ただでさえ混乱気味の頭がグルグルとまわって、心臓がどくんどくんと早鐘のように鳴り響いて、顔に熱がどんどんおびてくる。
「ーーーーーっ！！！」
声にならない声を心の中で発しながら、ハルは彼の身体に触れないように、懸命に自分の身体をよじった。
「・・・叫ばないと、約束できる？」
頭上からおりてくる静かな声にコクコクコクとハルはキツツキのように頭を上下にふると、ようやく手が外された。
塞がれていた呼吸器官にすーっと自然に冷たい空気が肺に入ってきて、深呼吸をしたように深く息を吸うことになって少し落ち着いてきた。
ハルはザブンっと身体をお湯に沈める。
幸い、ここのお湯は乳白色だ。深く沈んでいれば、裸を見られることはない。
もくもく湯気もあがっているし、さっきもそんなに見えていないはず(そう思いたい)、少なくともハルは相手をそんなに見ていない。
(ハ・・・ハレンチです・・・)
とにかく、今はこの現場から一刻も早く離れなくてはいけません、あがりましょう・・・。
そう考えたとき、ハルはあることに気づいた。
いくら、もくもく湯気が漂っていても温泉から出るには、身体を露出しないといけないワケで・・・。バスタオルは遠い彼方なワケで・・・。
そうすると見えちゃうワケで・・・。
これは、雲雀さんから、あがって頂かないと、いけません・・・。
「・・・ヒバリさん、もうソロソロ温泉から、あがりませんか？」
「・・・なぜ？」
「何故って・・・」
「そんなにあがりたいのなら、君からどうぞ」
「そっそれは、困ります！ヒバリさんから、あがってください」
「嫌だよ。せっかく、草食動物の群れがいないときを見計らって、入っていたのに」
「うぅ・・・ハルと同じことを考えていたんですね」
そういえば、この少年は群れるのが大嫌いだった。
でも、和風が好きらしい少年は、きっと温泉が好きで、これまでもこうして深夜に人目を忍んで入っていたのかもしれない。
そう思うと、せっかくゆったりと温泉を楽しんでいた雲雀に少しだけ悪い気がする。
しかし、この状況は心臓に悪すぎる。そもそも、この露天風呂は男女混浴だっただろうか？
間違えて、男風呂に入ってしまったのだろうか・・・？
「ここは、一応、男女混浴だよ」
ハルの思考をよんだかのように、雲雀は口をひらいた。
「だけど、曜日と時間帯によってメインが交代になるんだけどね。今のメインは男のはずだけど」
がーん！やっぱり、間違っていましたか・・・。
ハルは、あんぐり口をあけた。
「・・・一応、男女混浴ではあるから、君の行動は間違いとは言えないのだけどね・・・」
あまりにもハルが口をあんぐり開けていて憐れに思えたのだろうか。
雲雀にしては、めずらしく追加説明を加えた。
それでも・・・間違えて、入るなんて・・・。
浮かれ気分だった、自分を後悔したが、後の祭り。
今は、この状況をどう切り抜けるかだ。
「と・・・とにかく、ですね。ヒバリさんから、あがって貰わないと困るんです」
「なぜ？」
「・・・だって・・・ハルからあがると・・・ハルの裸、見られちゃいます」
「僕からあがると、僕の裸が君に見られてしまうけど？」
「！そんなハレンチなこと、ハルはしませんっ！ハルは向こうをむいていますから」
「じゃあ、僕も向こうをむいているから、君、あがれば」
「ダメです！それでは、安心できません！」
「・・・僕は、まだあがらないよ。それに、君にもまだ入っていてもらう」
「は、はひぃ？何を言ってるんですか？」
「僕は、１００数えるまで、あがらないって決めてるんだよ」
はひ？
１００数える？
ヒバリさんが？
「・・・ぷっ、ウププププッ」
ハルは、吹き出した。
はひ？
１００数えるんですか？
誰が？
ヒバリさんが？
１００数えている、ヒバリさん。
ハルは思わず、その光景を頭のなかで思い浮かべた。
・・・なに、それ、なんですか・・・。ちょっと可愛くないですか。可愛すぎますよぅ・・・！
「・・・何がおかしいの？」
突如、吹き出したハルの様子にムスっとした表情で、雲雀が聞いてくる。
「・・・だって、ププっ、１００数えるヒバリさん・・・意外で・・・あはっ、あはははははっ」
ハルは堪え切きれず、盛大に笑い出してしまった。
この少年には、驚かされっぱなしだ。
知れば知るほど、意外なことがいっぱいで、人から聞くほど、デンジャラスさなんて、浮かんでこない。
むしろ、可愛いひと、だと思ってしまう。
ああ、もう、大丈夫かも。
ハルは、ひとしきり笑ったせいか、雲雀が可愛かったせいか、何だか警戒心が溶けてしまった。
「じゃあ、ヒバリさん、向こうをむいててくださいね」
「・・・どこ行くの？」
「あがるんですよ」
「駄目だよ」
ハルの腕ががしっとつかまれる。
「はっはひっ！なっ何ですか？」
「君、１００数えなよ」
「な、なんでですかー！？」
「自分で数えるの、面倒くさいから」
「だったら、１００数えなくていいじゃないですか！」
「駄目。数えて。」
「とっ、とにかく、うで、うで、腕、離してくださいっ」
さっきのやり取りで警戒心がとけて油断しきっていたハルに雲雀の思ってもいない行動はハルの心拍数を一気にあげた。
雲雀の大きな熱い手が、直にハルの腕に食い込んだままで、その感触でハルは真っ赤になった。
「１００数えて」
「数えますからっ、離してくださいー！」
「じゃあ、ハルはあちらの方向から、大声で数えますから」
やっと腕を離してもらったハルは、もうどうにかして、雲雀と距離をおきたくて、提案してみる。
「駄目、うるさいでしょ。ここで、数えてよ」
却下された。
「でも・・・でもですね・・・ハルは裸なんですよ・・・」
あとの方は小声になってしまった。だが雲雀には察して欲しい、今のこの異常な状況を。
「大丈夫だよ。僕は君の裸なんて、ミジンコより興味ないから」
「はっはひー！なんですか、その言い方っ！」
「・・・なに？興味もって欲しいの？」
「はっ・・・！？」
にやりと意地悪く口角をあげる雲雀は、普段なら見惚れてしまうかもしれない、そんな貴重な笑みでも、ハルには悪魔の微笑みのように思えた。
「！そっ、そんなことっ」
「・・・どうでもいいけどさ、さっさと数えてよ」
本当に興味がなさそうな雲雀に、ホッとしていいやら、からかわれて腹立たしいやら、ハルって一体？ってなんとなく情けないやら・・・なんだか、ひとりで恥ずかしがって意識している自分がまるでおかしいような・・・ハルは眉間にシワを寄せる。
ハルのほうが正常なはずなのに、この状況にはおかしすぎるところいっぱいなのに、ヒバリさんが理不尽すぎるはずなのに。
雲雀の要求には全くぜんぜん納得がいかないが、ハルとしては、とにかく一刻も早くここから脱出したい。
１００まで数えれば、状況が変わるんだったら・・・！とハルは覚悟を決めて数を数えだした。
「いーち、にー、さん、しー、ごー・・・」
もちろん、胸をしっかり両手でガードして身体を深く乳白色のお湯に沈めて、顔だけだして。
雲雀は、といえば、男の特権か、上半身をハルの目の前で惜しげもなく、さらけだしている。
さっさと、１００を数えて、雲雀にあがってもらわなければ。
それにしても・・・
・・・きれいな人です・・・
ハルは、数を数えながら横目で、少年に目をやる。
真っ黒で柔らかそうなサラサラの黒髪は、お湯がしたたって、さらに美しく、真っ黒な鋭い瞳の、その緩やかなカーブがかった睫毛には水滴がそっとついて、まさしく「水もしたたるいい男」だろうか。
白い肌は、お湯の熱さで頬に薄く赤みがさして、うっすらと汗がにじんでいる、その端整で、鍛えられた身体は・・・身体は・・・。
ハルは、視線を外した。これ以上はもう心臓が爆発しそうだ。
「さんじゅう、さんじゅういち、さんじゅうに・・・」
ハルの声が、深夜の温泉にひびく。
しーんとして、何の音もしない。
ハルの声と、ときおり雲雀がかなでる、ぱちゃ、ぱちゃ、ぴちゃ・・・という水音が、夜の闇に浮かんでは、消えていく。
「ごじゅうご、ごじゅうろく・・・・」
そろそろ数えるのも飽きてきたころ、あえて真正面を睨んでいたハルは、ふと、顔を上にあげてみた。
すると、すーっと、星がひとつ、流れてくる。
「はひっ！ヒバリさん！見てくださいっ！流れ星です！流れ星！お祈りしなくっちゃ！お祈り！」
目を輝かせて、夜空に指をさして雲雀に指し示すと胸の前で両手を組んで、ハルは目を閉じた。
えっと、えっと、えっと、ツナさんと恋仲になれますように！
ダイエットが成功しますように！
ケーキがいっぱい、食べれますように！
新体操が上手くなりますように！
えーと、えーと、えーっと・・・。
こころゆくまで、お願いことを羅列してハルは隣の雲雀を見た。
「ヒバリさん、お祈りしましたか？」
「・・・・・・・・・」
「ヒバリさん？」
「・・・早く、数えてよ」
「はひっ？・・・そうでした。あれ？いくつまで、数えていましたっけ？」
「さぁ？」
「はちじゅう、くらいでしたっけ？」
「そんなにまで、いっていない」
「はひ？ごじゅうくらいでしたっけ？」
「さんじゅうだった、気がするよ」
「はひ？そうでしたっけ？まぁ、良いです。では、続きを。さんじゅう、さんじゅういち、さんじゅうに・・・」
ハルの声が、再びひびく。
「ろくじゅういち、ろくじゅうに、ろくじゅうさん・・・」
「ねぇ」
「ろくじゅうよん・・・何ですか？ヒバリさん」
「君、熱くないの。そんなに身体をお湯の中に沈めて、心臓に悪いよ」
「熱いですよ！もうっ！ヒバリさんのせいでしょう！」
ハルは声を荒げる。この少年は今の状況を作り出していることを、自覚していないのか。
「だってお湯の中に沈めないと、ヒバリさんにハルの身体、見られちゃうじゃないですかぁっ！」
「さっきも言ったけど・・・そんな貧相な身体、興味ないよ」
「はひーっ！乙女にむかって、なんてこと言うんですかっ！失礼ですよ！傷つきましたっ！ハルだって、ちゃんと色々と努力してるのにっ・・・前言撤回してくださいっ！」
「・・・うるさいな。早く数えてよ」
「ヒバリさんが、話しかけるから、数えられないんじゃないですか！」
失礼です！
ほんと、腹立ちます！
ブロークンハートです！
早く数えて、こんな恐ろしいところからエスケープです！
ハルはひとしきりブツブツ文句を言ったあとキョトンと首をかしげた。
「・・・はひ？えーと、いくつからでしたっけ？」
「よんじゅういち、からだよ」
「では・・よんじゅうに、よんじゅうさん・・・」
「・・・君、馬鹿だね・・・」
「は？」
「・・・なんでもないよ」
「？では、よんじゅうよん、よんじゅうご」
ハルの声が再び響きだした。
それにしても・・・熱いです。
首まで、しっかり身体を沈めているぶん、負担も大きい。そろそろ限界も近い。
「ヒバリさん、あっちを向いててくださいね」
雲雀に注意を促して、ハルは、目が少し回りそうになりながら、雲雀に背をむけた。
少しだけ、身体をお湯から出してみる。
すーっと冷たい空気が、ハルの胸元をかすめていって、ほてりが沈んでいくように思われた。
これなら、なんとか１００まで数えられそうですね。
「ごじゅう、ごじゅういち、ごじゅうに、ご・・・ひっ！！！」
身体を浮かせたまま、再び数えだしたハルは、ビクッと体を縮ませた。
ハルの細い両肩に大きな手が置かれている。
そうして背骨に沿ってなにかがそっと這っていく、感触。
「は・・・はひ・・・」
やわらかくて、生暖かい、官能的ななにか・・・。
それが、雲雀の舌だと気づくのに時間はかからなかった。
「・・・んん！・・・っ！」
ゆっくりと伝ってきた雲雀の舌がハルの首すじまで到達すると、耳たぶをやわらかく噛まれた。
「ひっ・・・ヒバリさんっ・・・」
「・・・動かないで・・・」
耳元で聞こえる低い声。はぁ・・・と色っぽい吐息がすぐそばで漏れ聞こえた。
ハルの背中に雲雀の身体の気配を感じる。熱が近い。息遣いが近い。
黒髪から、こぼれ落ちていく水滴がハルのものか雲雀のものか分からないくらいに。
「はひっ！」
それまでハルの肩に置かれていた雲雀の手が後ろからゆっくりとまわされて、首をつかんだ。
「・・・折れそうなくらい細い首だね、片手でもあまるよ」
「あ、の、あ、ヒバリさ・・・あっ！」
雲雀の右手がそのまま、ハルの鎖骨にまわされ、ゆっくり肌を撫でられて、彼の小指がハルのなだらかな胸の膨らみ部分にふれて、ハルの身体は反射的に前のめりになる。
全速力で逃げ出したいのに、頭の中で警告音が鳴り響いているのに、心臓がドクンドクンと痛い、瞳がじわりと潤って、みぞおちあたりがキュウとして・・・。
「あの、あ、あ・・・ヒバリさん・・・」
震えるか細いハルの声に、彼からの返事はなかった。
その代わり、頬に手が這わされて、グイッと顔を上へあげさせられた。
無理やり向けさせられてハルの瞳に映った雲雀の顔は、濡れた真っ黒の髪が、闇夜の満天の星空のなかに溶け込んで、彼の白い顔が浮かんで、漆黒の切れ長の瞳だけが強く強く印象的だった。
ハルの瞳は彼の瞳に縫い付けられたまま。
密着している身体と身体の熱に眩暈を起こしながら、惚けたように惹きつけられるその瞳に「・・・ヒバリさん、ヒバリさん・・・」ハルは、それだけを言うのが精一杯で。
「黙って・・・」
ゆっくりと近づいてくる彼にハルはそれが必然であるように瞳を閉じた。
「んっ！・・・んんぅ・・・」
いつもの冷ややかな瞳の、冷ややかなスタイルの、彼のどこにこれほどの熱情が隠れていたのだろう。
熱い、とっても。
熱くて死にそう。
強くて、深くて、はげしくて。
すべてが。
ハルの身体が、感覚が、ハルのすべてが奪い取られてしまう、そんな無慈悲なキスなのに。
・・・それなのに、ひとつひとつが柔らかくてあたたかくて優しくて、ハルは切なくて泣きたくなった。
そうだったような、気がするんです。
ハルがふっと気がついたとき、そこは闇夜に輝く満天の星空の下でもなく、乳白色のお湯の中でもなく、ましてや屋外でもなかった。
いつの間にか朝はきていて、ハルの身体は浴衣をきちんと纏っていて、いつものように布団のうえに横たわっていた。
「ハルちゃん、おはよう！」
「・・・京子ちゃん・・・グッモーニングです・・・」
同室の京子から、普通に朝の挨拶をされて反射的に応えたものの、ハルはキョトンとした。
「・・・はひ・・・ハル・・・昨夜は温泉に行って、そこでヒバ・・・」
ハッとして口を両手で抑える。
・・・ハル、夜中に温泉に行って、それでヒバリさんと出会って・・・出会って・・・？？？
出会ったのだろうか？
本当に？
そんなことありえるだろうか。
夢マボロシじゃないでしょうか。
出会って、あんなこと。
あんなハレンチなこと・・・。
ハルはそれを思い出して、全身を真っ赤にさせた。
うん、あんなハレンチなことありえません。
だから、ヒバリさんに出会ったことも、あのときにされたことも、あのとき聞いたことも、きっとハルの夢ですし、勘違いです。
この疼く胸の痛みも切なさも。きっと―――。
「ハルちゃん、着替えたら朝ごはん食べに行こう」
「はいです！京子ちゃん」
ハルは無理やり自分を納得させて、旅行カバンからシャツとスカートを取り出しはじめた。
「・・・ほんとは、君のこと・・・ずっと前から、愛してる」
いつまでも雲雀の低い声が、耳の奥に残っているのだけど、それこそ本当に幻だろう・・・顔を真っ赤にさせたまま、確かめる勇気が、今のハルにはもてなかった。
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