彼、雲雀恭弥は、彼女、三浦ハルを、ベッドの上に押し倒した。
ギシッとベッドがきしんで、黒いシーツがしわを作っていく。
「ヒバリさん・・・駄目です・・・」
ハルは、顔をうつむかせて、精一杯、雲雀の身体を押し返そうとしている。
「・・・駄目、駄目ですよ」
ハルの言葉を無視して、雲雀はハルの白い首筋に唇を近づける。
そのまま、ペロリとなめて。そっと首筋を軽く噛む。
「ひゃっ！」
「あっ・・・駄目、です、ヒバリさんっ！」
彼女は、真っ赤になりながら、更に押し返す力を強くした。
「・・・どうして？」
雲雀は、ハルの鎖骨に赤い舌を這わせながら、ゆっくりとハルの両手を彼の左手で固定した。
「どうして・・・って・・・」
「は・・・恥ずかしいです・・・」
消え入りそうな声で、そっとつぶやくハルに、雲雀は笑みを浮かべる。
いつまで経っても、こういう行為に慣れない彼女。
そこが、面白くもあるのだけど。
それでも、ハルの要求に応える気は、さらさらなく、雲雀は右の手でうつむいていた
ハルのあごを持ち上げた。
真っ赤に染まった肌が、潤んだ茶色がかった黒い瞳が、今更ながらに、たまらなく魅惑的で。
そのふくよかな、甘そうな、唇に吸い込まれるように、口づけをかわす。
「・・・ん・・・ふぅ」
彼の官能な舌を彼女の中でかき乱せば、ふぁっとハルは呆けたようになった。
「はぁ・・・あ」
ゆっくりと呼吸を整えるハルをじっと見つめて。
彼のきれいな漆黒の瞳が、ハルの目を離さない。
「・・・ハル・・・」
名前をよばれて、ハルは身震いがした。
「ヒバリさん。でも・・・」
彼女とこういう関係になったのは、いつぐらいからだろうか。
今でも、はっきりと覚えている。
あの葛藤を。
三浦ハルの存在は。
気がつけば、そこにいたようで。
気がつけば、目を離せなくて。
傍にいないと、落ち着かない。
すべての始まりは、「曖昧」だったような気がする。
「曖昧」から「覚醒」へ。
彼は風紀委員室の彼専用の机の上で、手を額の前で組んで、そこに頭をのせ、うつむいて、
長い、長い、とても長いあいだ、目を閉じていた。
背後には、真っ赤な夕日が輝いていて、その日最後の輝きを懸命に保っていた。
彼は、何も見ようともせず、何も聞こうともせず、ただただ考え続けた。
認めてしまえば、すべてが崩れる。
頭では、解っている。
でも、心がいうことをきかない。
あらゆる否定を論じてみた。
認めることは、すべてが崩れることだ。
それでも。
たとえ、それでも。
どこかで、わかっていた気がしたし、とうの昔から知っていた気がした。
頭がガンガンした。
長い、長い時間、閉じられていた漆黒の瞳を、彼が再び開いたとき。
そこには、認めざるを得ない、どうしても、どうしても、彼女が欲しくなった自分がいた。
夕日はすでに落ちていた。
ハルが雲雀を受け入れて、初めて繋がったとき、彼は自分でも可笑しくなるくらい、狼狽した。
彼を受け入れて、いっぱいになった彼女は瞳を閉じていた。
彼女の汗ばんだ、白い肌が上下に動いていて、自分がつけた赤い痕がいくつも、いくつも残っていた。
シーツには、赤い染みがポツポツと残っていた。
彼女の上気した頬には、涙のあとがうっすら残っていた。
彼は手をのばして、彼女の黒い髪をさわった。
彼女の髪は、彼の指の間から、サラサラと流れていって、彼は何度も何度もその行為を繰り返した。
愛しい、と思った。
愛しい、と思って。
彼は、その行為をはたと止めた。
自分の手を見て、しばし呆然とした。
目を動かして、自分の目にうつる、その小動物を、誰よりも受け入れてはいけない自分を受け入れた
彼女を愚かだと思った。
そして、自分はもっと、もっと、愚かだと思った。
もはや彼女を手放すことなんて、出来ないと、はっきりと気づかされて。
「・・・そんな、最初から分かりきっていたことを・・・」
ポツリとつぶやいて、自嘲したあと、彼は思考するのをやめた。
考えることは、無駄なことだ。
「・・・ハル・・・」
雲雀は、ハルの名を呼ぶ。
ハルの瞳をじっと見つめて。瞳と瞳を合わせて。
「ハル。お願い、だよ」
そっと伝えれば、彼女の力が弱まることを雲雀は知っている。
長く彼女と付き合っていれば、彼女のことが少しずつ見えてくる。
決して、すべて、ではないけれど。
彼女は開くたびに、色々なものが飛び出してくるオモチャ箱のような少女だけど。
そして、この拒絶は。
本当の拒絶でないことも知っている。
「・・・ヒバリさん・・・ハルのこと、好きですか？」
「・・・さぁね」
「じゃあ、駄目です」
ふっくら膨らました頬に、彼はくすりと笑って、唇を耳元に近づけた。
「・・・好きだよ」
耳元で、ささやいた声に、ハルが異常に反応したので、彼は嬉しくなった。
目を覚ますと、雲雀が小さく丸くなって寝ていた。
足の膝を折って、背中を丸めて、まるで黒い猫が丸まって寝ているよう。
しなやかな身体が規則正しく波うっている。
美しいラインを描く、顔の輪郭にしばし見とれて。
綺麗な柔らかい真っ黒な髪を、そっとなでた。
サラサラとハルの指を流れていく彼のその髪を、愛しそうに彼女は何度も何度も掬ったあと、
ハルは、ゆっくりと彼の身体に自分の身体をくっつけて、彼の身体を彼女の両手でギュッと
抱きしめた。
「・・・さびしがりやの恭弥さん。ハルがずっと一緒ですよ」
そっとささやいて、ハルはにっこり笑った。
ハルにだって、知っていることがあります。
貴方は、本当はさびしがりやですから、ハルがずっとずっとずっと一緒にいてあげないと
いけませんよね。
END