しぃぃぃ・・・・・・・・・・・・・・・ん。
何も音がしなくて、とても静かだ。
目を閉じると、それは一層、感じられる。
雪は、音を吸収するという。
このままハルの嫌な１日も吸収して、白くしてくれたら、良いのにな。
今日は嫌なこと、ばっかりだ。
一生懸命、勉強した数学のテストは、散々な点数で。
部活の新体操では、ミスの連発で先生に怒られて。
それに、それに・・・。
ツナさん、楽しそう。
帰り道、見かけた二人の姿。
京子ちゃんとツナさん。
京子ちゃんを見るツナさんの笑顔が、本当に嬉しそうだったから、声がかけられなかった。
白銀の中、まるで、二人の世界。
悪い想像が頭をよぎる。
ハルは、そのまま足早にその場を通り過ぎた。
いつもはそれを見つけると、嬉しいはずなのに、横切った公園の、まだ誰も足をつけていない雪の白さが、
今日のハルにはうっとうしくて、彼女はやってきて、サクサクサクと自分の足跡をつけた後、そのままドサリと
仰向けに倒れたのだった。
ううん、大丈夫。
恋が叶わないはずはありません。
こんなに大好きなのに、この想いが届かないはずはありません。
ハルは、若さゆえの情熱で、心の中にうかんだ黒いモヤモヤを打ち消した。
ひやり
「はひっ！」
急に、なにか冷たいものが、首の側面、ちょうど右耳の下のあたりに触れて、ハルはびっくりして、思わず声をあげて、
目を開いた。
「・・・なんだ、生きてる」
そう言って、ハルを見下ろしながら、手を離した少年。
「君、こんなところで何をやっているの？」
「ヒ、ヒバリさんっ」
ハルは、飛び起きた。
「ヒバリさんこそ、いきなり何をするんですか！びっくりしたじゃないですか！心臓が飛びでるかと思いましたっ！」
ハルは、首に手を当てながら、顔をしかめて抗議する。
「いや、死んでいるのかな、と思って」
「死んでなんかいませんっ」
「紛らわしいんだよ」
「・・・あれ？」
ハルは何かに気づいたように声をあげた。
「今日は、あの小さな黄色の小鳥さんは・・・？」
「知らないよ」
「知らないって、ヒバリさんが飼っているんじゃないんですか？」
「僕の鳥じゃないよ、勝手に飛んできて、勝手に僕の肩に止まっているんだ。
それに、普通こんな雪の日に、鳥は外に出ないでしょ。来なくて正解なんだよ」
「そうなんですね」
「そうだよ」
やっぱり、このひとの本来のところって、優しいひとなんですね。
だから、きっと鳥さんもヒバリさんのそういうところが好きで、飛んで来ちゃうんでしょうね。
ハルはそう思って、顔をゆるませながら、雲雀の姿をじっと見た。
雪が積もる寒空なのに、雲雀の姿はコートも着ずに、いつもは肩に羽織っている学ランを今日は着ているだけ。
「ヒバリさん、寒くないんですか？」
「別に」
「そうですかー？・・・」
こんな雪が降る日なのに、こんな吐く息が白くなるのに。
納得いかないように、ハルは更にじっと雲雀の姿を見続けていたが、おもむろに自分の白いマフラーをはずしたかと
思うと、雲雀の首に巻きつけようとした。
「ちょ、ちょっと！何するっ・・・！」
ハルの突然の行動に雲雀が背中を反って、よけようとする。
「こらっ。動かないでくださいっ！」
まるで、小さい子に叱るように、ハルはそう諌めると、軽くつま先立ちをして、マフラーを雲雀の首の後ろで交差させた。
ふわり、と雲雀にハルの髪のにおいが届く。
一瞬の至近距離。
また、ふわり、と香って、ハルが雲雀から離れた。
「・・・どういうつもり？」
雲雀は睨んだつもりだったが
「だって、そんな格好で寒そうなんですもん。見ていてハルまで寒くなっちゃいます。
ハルはコートを着ているので、平気ですから」
けろりとして、そう言うと、ハルは何かに気づいたように、自分の白い手袋をはずしてポケットにしまうと、
雲雀の手をそっと触った。
「あ、ほら、やっぱり手も冷たいです」
ハルは、そのまま雲雀の手を握って、その手を自分の顔の前まで上げると、はぁっと息を３回ほど吹きかけて、
両手で雲雀の手をこすりはじめた。
その流れが、いかにも当たり前のように、自然に流れていったので、雲雀は手をひっこめるタイミングを完全に
逃してしまった。
ハルに何ともなしに触れられた自分の手が、そのまま、そういう扱いを受けていることについて、あっけにとられて、
ただ、じっと見つめていた。
目の前で行われているハルの行動の真意がよく分からない。
この子、ほんとうに次の行動がぜんぜん、分からない。
この子のこれって、無意識でやっていることなの？
こんな感じの光景、どっかで見たことあるような。
雲雀の中でグルグルと疑問符が回っていたが、次のハルの言葉を聞いて、確信した。
「手、あったかくなりました！」
「ランボちゃんとか、こうしてあげると、冷えきった手もすぐに温かくなるんですよ〜」
ハルは、ひと仕事しました！っていうふうに満足そうに、にっこりとしている。
ああ、やっぱり！
雲雀の頭に、小さな変な牛柄の生き物が頭に浮かぶ。
小さな変な牛柄の生き物を、あやして甘やかすハル。
僕は、アレと一緒の扱い？
ムッとして一瞬、そう言いかけたが、言葉をのみこんだ。
ハルが、今度は自分の手袋を雲雀の手にはめようとしていたからだ。
「あれれ、入らない・・・」
「当たり前でしょ。大きさが違うんだから」
この子、もう、どうにかして。
「あ、だったら・・・そうです！」
ハルは目をキラキラさせて、自分の耳にしてある、白いイヤーマフラーをはずすと、雲雀の頭につけた。
「わぁ・・・プリティです」
雲雀は、すぐさまイヤーマフラーを取ると、雪の上に投げつけた。
「はひっ！」
ハルはガンっとして、イヤーマフラーをそそくさと拾う。
「なに、するんですかー！とっても似合ってましたのに」
「もう、僕は行くよ」
「あ、ヒバリさん！」
ハルは声をかけた。
「・・・なに？」
「一緒にケーキを食べに行きませんか？」
「は？」
「今日、ハルは悪いことだらけだったんです。ハル感謝デーは、まだなんですが今日は特別日にしちゃいます。
明日から笑えるように、ケーキを食べて元気なパワーをもらおうかな、って思って」
「行かないよ」
「はひー！そんなこと、言わずに」
雲雀は、しばらくハルを見つめていたが、ふぅっとため息をついた。
「・・・いいよ、これのお礼もあるしね」
ハルの巻きつけたマフラーを雲雀は、ちょいと指でひっぱると、スタスタと歩き出した。
(手も、温めてもらったしね)
「やったー！」
背後でハルの大声が聞こえる。ギュ、ギュ、ギュと、駆けて来て、雲雀の隣りに並ぶ。
「場所は、ラ・ナミモリーヌで良いかい？」
「わぁ、嬉しいです。ハル、あそこのケーキ、大好きなんですよ」
「そうだろうね、あそこのケーキは、並盛いち美味しいケーキ屋さんだから」
「よくご存知ですね」
「この僕に、並盛で知らないことなんて、ないよ」
雲雀は、横目でハルを見ながら、少しだけ微笑んだ。
また、ちらほら雪が降り出して。
ケーキ屋さんまでの、距離。
ハルの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩く雲雀に、ハルは気がつかなかったけれど、
ハルは、空を見上げて「わぁ。雪ですよ！」って、手をのばして無邪気に笑って。
それを雲雀が、「なにが、そんなに楽しいのやら」と言いながら、少しだけ、また微笑んで。
キュ、キュ、キュ・・・。
二人の足跡が、一面の白い雪の上に残っていった、ある雪の日。
END