おかしいですね。
って思ったら、やっぱりおかしかったのです。

あの不思議なバズーカのことは、教えていただいていたので、当たったらどうなるのか、とか、でも効力は５分くらいだから、そのとき、どうしたら良いのか(基本、歩き回らずに、時間が過ぎるのをその場で待っていたらいいだろう)とか、教えていただいてはいました。

なので、どこからともなく飛んできたものに当たってしまって、煙にモクモク包まれて、空間がぐにゃって曲がってしまったとき、ああ、これが恭弥さんが教えてくださっていた「１０年バズーカ」っていうもので、１０年前の自分と入れかわってしまっちゃうもので、でも５分くらいしたら、効力が切れて、もとの世界に戻れるはずだから、君はその場で大人しくしていたら良いよ、・・・って前もって教えていただいていたから、ハルはそうしていたのです。

そうしていたのですけれど・・・。
でも、おかしいですね。
もう、１時間は経っている気がするのに、戻れる気配がナッシングなのです。

だから、ハルは不安になってしまって・・・言いつけを破ってしまったのです。
恭弥さんは、その場で待っていたら良いって言っていたのに。
だって、だって、不安だったのですもの。

ああ、もうハル、戻れなくなっちゃったら、どうしよう。
恭弥さん。
恭弥さん。
このままもう二度と、恭弥さんに会えなくなるなんて、嫌。
それだけしか、頭のなかに浮かばなくて、ただ、恭弥さん、恭弥さん、恭弥さん、って思って。
足は、気がつけば並盛中学のあの懐かしい応接室に駆け出してしまっていたんです。

・・・・・・・・・・・・・・・・。

中学時代の恭弥さんが、今のハルを見て、同一人物だと認識してくれるかなんて、そんなこと、考えもせずに。

-----　Ｒｅmains・with・sweetheart　-----

飛び込んできた人物を見て、雲雀恭弥は一瞬、誰だろうって思った。
そのとき、雲雀恭弥は、待っている人物がいつもの時間になってもやって来ないので、書類を片手に持ちながら、頬杖をついて、ムカツク、どうやって咬み殺してやろうか、とか思案していた途中だったので、やっとバタバタバタといつもの騒々しい足音が聞こえてきて、いつもの通り応接室の扉が元気よく開け放されたので、頬杖をやめて、少女をいつものように一瞥だけして書類に目を戻したのだが、数秒後、再び、目の前の人物を凝視することを余儀なくされたのだった。

「恭・・・弥さん」

突然現れた少女から、名前を呼ばれた。
目の前の少女は、何故か目に涙を浮かべている。
雲雀は、なんて、図々しい女だ、と思った。
この僕の名前を呼ぶなんて。
何者だ。

「恭・・・弥さん」
ハルは感激に目を潤ませた。
ああ、恭弥さんだ。恭弥さんがいる。
会いたかった。

ハルの足は、雲雀が座っている机の前に動き出す。
カチャっと乾いた音がひびいた。
「・・・君、だれだい？」
冷たい声が響いてトンファーをかざす雲雀に、ハルはびくっとして、動きを止めた。

「恭弥さん・・・」

また、名前を呼ばれた。
雲雀は、自分をじっと見つめる少女を睨んだ。

睨みながら、思う。
彼女は、誰だ。
面影がある。
それも、すごく。
似ている。
そっくりだ。
声が。
姿が。
でも、そんなことがあるだろうか。
彼女に姉がいるとか、そんなオチはありえないだろう。

数分間、沈黙が続いていた。
雲雀はトンファーをおろさず、黙ってハルを見つめていたが、ハルは下をむいていて、何度か顔をあげて雲雀を見ては、また迷ったように顔をさげることを何度か繰り返していたが、次に顔をあげたときは、決意したように、口をひらいた。

「・・・・・・あの、信じてもらえるか分かりませんが、ハルです。三浦ハルなんです。１０年後の」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ランボちゃんの１０年バズーカっていうのに当たっちゃって・・・あ、ランボちゃんっていうのは、あのですね、恭弥さんも知っているかもしれませんが、今、ツナさんのお家にいる牛柄の５歳の男の子で、その子が持っている不思議な道具で、いえ、もう１５歳なので、「その子」っていうのも、おかしいのですが・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それで、ですね。えっと、とにかく。ですね。そのランボちゃんが持っている１０年バズーカから発射されたものにハル、どうやら当たっちゃったみたいで、１０年前のハル・・・恭弥さんからみたら、今の１４歳のハルと、１０年後のハル、恭弥さんからみたら、２４歳のハルが入れかわっちゃったようで。
本当なら、５分くらいしたら、お互い、元に戻れるみたいなのですが、なんか１時間も経つのに、元の世界に戻れないんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それで、ですね。心配になっちゃって、ここに来ちゃったんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あの、恭弥さん。聞いてますか？」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

終始、無言でまるで胡散臭いものを見るかのように自分を見つめる雲雀に、ハルは懸命に説明を試みた。
確かに自分でもちゃんと理解していない。
たどたどしい説明になっている。
なに、１０年バズーカって。
なんですか？
当たったら、１０年前の自分と入れかわっちゃうなんて。
そんな胡散臭い話ったら、ありはしない。

でも、分かってもらわなくっちゃ、自分には行く場所がない。
いや、行く場所はあるかもしれない。
あのときの・・・１０年前のハルには、まだよく分かっていなかったけれど、ツナたちや獄寺たちは、色々と知っているようだったから、雲雀に受け入れてもらえなければ、ツナたちの家に行けばいいのかもしれない。
でも、やっぱり自分が一番一緒にいたいのは、雲雀なのだ。

視線が冷たい。
無言でじっとにらみ続ける雲雀の視線が冷たい。
中学時代のハルと雲雀。
そのときのハルと雲雀は、どういう係わり合いだったか、ハルは思い出そうとした。

ハルが好きだったのは、雲雀恭弥、なのだと分かったとき、どうしようかと思った。
今まで、自分の世界はツナさん、だと思っていたのに、それがガラリと変わってしまったのだ。
気づいたとき、どうしよう、そのことしか頭に浮かばなかった。
雲雀さんは、本当は優しいひとだったけれど、他人を拒絶しているところがあることに気がついていたから、どうしよう、
難解な恋だ、叶わない恋かもしれない、って思って、心が痛かった。
痛くて、応接室に行くのもやめたかった。
でも、足は応接室に向かって、限りなく届かない想いを抱えて、泣きそうだった。
もう会いたくなかった。
でも、次の瞬間、また会いたくなった。
諦めたほうがいいかもしれない恋は、怖かった。
苦しくて、怖かった。
でも諦めきれなくて。
ふっと、キスしてもらったとき、心臓がとまりそうになった。
急に泣き出したハルを雲雀さんは、不思議そうに眺めていたっけ。

どうして泣くの。
問われて、泣きながら笑うハルを見て、彼は少しだけ目をほそめて。
馬鹿だね、君は。

そう言って、またキスしてくれた。
二人の関係は、そんなまだ始まりだした、曖昧な関係だったかもしれなかった、と思う。
ねぇ、どうでしたっけ。
恭弥さん。
また泣き出しそうになって、ハルは目をとじて、１０年後も愛し続けている美しすぎるほどに成長した愛する男性を思い浮かべた。

突然、右肩を強くおされて、身体の重心が傾くと、ぼすんっと黒いソファに受け止められた。続いて、何かが覆いかぶさってくる感触。
自分に何が起こったのかわからないまま、閉じられていた目を急いであけると、目の前に雲雀の顔がある。
「はひ？」
一瞬、混乱をおこしたが、ハルは雲雀に乗りかかられている今の状況を把握することができた。
「はひ！あの、恭弥さん。あ、の、え？」
「・・・確かめる」
雲雀は、それだけを言うと、だんだんハルの顔に自分の顔を近づけてくる。
「はひ！ちょ、ちょっと、待ってください、え？なに、なにをなにを確かめるのですか？」
ハルは、焦って密着してくる雲雀の肩を両手で押しとどめた。
「・・・キスする」
「はひ？」
「君が１０年後の三浦ハルかどうか、キスをして確かめる。キスして同じ感触がしたら、君は間違いなく、僕の知っている三浦ハルだよ」
ハルの目をまっすぐ見つめながら、雲雀はそう言うと、自分を押しとどめていたハルの手首を掴んで、もう片方の手でハルのあごをつかむと、キスの体勢に入ろうとした。
「だ、ダメですっ」
ハルはすぐさま、あいている手で雲雀の口元をおさえる。
口元をおさえられて、ムッとして雲雀はすぐさま、その手も取り押さえた。
自由を奪われた両手のかわりに、ハルは自由になった顔を左右に振りながら、
「だっ、ダメです、ダメです、ダメです、恭弥さんに悪いですっ」
「意味わかんない。僕は、雲雀恭弥だけど」
「違いますっ。違うっ。今の恭弥さん・・・１０年後の恭弥さんに悪いです。ハル、浮気したくないですっ」
「・・・だから、僕だって、雲雀恭弥なのだけど。ねぇ、三浦。ちょっと落ち着いて。落ち着いて僕を見てよ」
「いやっ、ダメですってばっ」
「三浦っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハル」
耳元で優しく自分を呼ぶ声が聞こえて、ハルはやっと左右に振っていた顔をとめた。
つむっていた目をあけると、雲雀の顔が目の前にあった。

「ハル」
もう一度、名前を呼ばれた。

ああ、愛しいあの男が呼ぶ、ハルの名前。
ハルは目の前の雲雀をじっと見つめる。
変わらないオニキス色の瞳。
幼い、懐かしい、だけど、大好きな、雲雀恭弥。

ゆっくりと近づいてくる、唇が。
ハルが何度も何度も求めた、そして応えてくれた、あの唇が。
魅惑的な、唇が。

ハルは魅入られるように、その唇を見つめた。

大好きなんです。あなたが。

・・・・・・ほしいです。あなたが。

雲雀恭弥が。

重なる唇に。

あ、
あ、
あ、

とろけるように重なり合う舌と舌が。

ハルの手首をつかんでいた雲雀の手がはなれて、ハルの頭を固定して、むさぼるように自分の唇をあわせてきた。

「ふ、は・・・んっ」

懐かしく、ちょっと不器用な、雲雀のキスに、ハルの頭は瞬時、中学時代の自分に飛んだ。
ハルは両手を無意識に雲雀の首にまわした。

彼とのキスは、いつも自分を泣かせる。
愛しくて、愛しすぎて、泣きたくなる。
あふれてくる涙に、そんな意味があるなんて、知らなかった。
初めてあなたが教えてくれた。
中学のころのハルに。
あなたが教えてくれたの。

「・・・・・・はぁっ」
ゆっくりと唇をはなして目じりにあふれた涙を舌でぬぐうと、惚けたような表情のハルを見て、雲雀は微笑んだ。
「・・・漏れる声も、惚ける顔も、１０年経っても変わらないんだね。三浦ハル」
「雲雀さん・・・」
ハルはぎゅうっと首にまわしていた腕に力をこめた。

「はひ・・・？」
胸元がスースーしてきて、ハルは抱きしめていた腕をはなす。
「はひ？ちょっと雲雀さん、何をしているのでしょうか？」
「服をぬがしている」
「はひ？え、ちょっと、待ってください。な、な、なんで、ですか？」
「だって、君、今２４歳なんでしょ。だったら、僕も遠慮なく、することができるよね」
「はひっ？するって、するって・・・な、何をですか？」
「何って、決まってるでしょ」
「あっ」
首筋の一番弱いところを噛まれた。
「あっ、だっ、ダメですっ、そこっ・・・！あ、んっ！はひー！雲雀さん、ヘルプミーです！！！」
「・・・だから、僕だって、雲雀、なんだってば」
「だって、それとこれとはっ、あっ」
「それに」
再び涙目になりながら、懸命に雲雀の手を抑えようとするハルを見ながら、雲雀は目を細めた。
「・・・どうせ、君は僕のものになるんでしょ」

「・・・・・・思い出しましたか？」
「忘れた」
じりり、と睨みながら、にじり寄ってくるクルクルと大きい猫目の少女の顔を片手で押し返し、雲雀恭弥、２５歳は簡潔に答えた。
「むぅー。ハルは、覚えていますよ。１５歳の恭弥さんが、２４歳のハルにしたこと」
愛する彼から邪険に顔を押し返されたハルは、ぷぅっと頬をふくらます。
「もう、ほんっっっとうっに、危なかったのですからっ。ハル、あやうく１５歳の恭弥さんに、あんなことや、こんなこと・・・
はひっ！」
自分で思い返して恥ずかしくなったのか、ハルは真っ赤になって口ごもる。
「・・・・・・とにかく、ですね！そんなところで、ボフンって煙がでてきて、空間がまたぐにゃって曲がって・・・ハルはこうして無事、恭弥さんの前に立っているわけです」
「入江正一をしめあげて、急いであの厄介な代物を直させたからね」
「そうなのですか・・・・・・」
入江さんの腹痛、さらに悪化しなかったらいいのですが・・・
ハルは入江正一の顔を思い浮かべながら、もう一人、はたと思い浮かんで、再び雲雀を睨んだ。
「ランボちゃんに、悪いことしなかったでしょうね」
「・・・・・・・・・・・・」
「恭弥さんっ！」
「・・・元凶はアレだからね。それ相応のことは、させてもらったよ、それよりも」
「きゃっ！」
猫目をさらにつりあげて怒りそうになるハルを雲雀はひっぱって、自分の身体の下におさめた。

「ねぇ、あんなこと、こんなことって・・・？」
ハルを押さえつけて、ハルを見下ろす不敵な微笑み。
大人になった彼は、やっぱり、美しく、素敵で、格好いい。
「自分がしたことなのに、覚えてないのですか？」
そんなことを思いながらも、ハルは負けずに言い返した。
１５歳の彼には、負けっぱなしだったのだ。
ハルだって１０年経って、大人になっていたのに。
もう、負けられない。

「・・・さぁね。こういうことだったかな？」
ハルの胸元のリボンを解きながら言う彼に、ハルは何か返そうと口を開こうとしたが、ゆっくりとハルを酔わす２５歳の彼の唇がハルの上におちてきたから、ハルは何も言うことができなかった。

ああ、やっぱり、何年経ってもあなたが、好きです。
大好きです。

雲雀恭弥さん。

サラサラと自分の手から流れおちるハルの髪で遊びながら、スヤスヤと隣で眠るハルを雲雀は見つめていた。

君は覚えてないだろうけれど。
君が煙に包まれる直前、キスをしたんだ。１４歳の君に。
そして１５歳の僕が、帰ってきたそんな放心状態の君を見て。
きっと僕のことだから、何かしただろう、とは思ったけれど。
ああ。やっと。つながった。

しかし、あのときほど、１０年後の雲雀恭弥を咬み殺したかったことはなかったよ。

 

END(2009.4.14)